「価値」の“魅せ方”

小学生の社会科で、「財とサービス」という言葉を習いました。人の欲望を充足させるものとして、おおまかに分けるとそれぞれ、有形と無形の価値を持つものとされています。よくよく調べてみると、さらに細分化されます。私は双方の要素を兼ね備えたものもあるなと思うのです。

例えば、絵画作品を所有している場合はどうでしょう。「財」としての有形の美術品の所有権はもちろん、他方で絵を飾ることで、室内が華やかになるとか、雰囲気が変わるとか、無形である「体験」のような「サービス」的要素も感じるのです。そして、この価値は受け手によっても意味を変えます。

バンジージャンプというアトラクションがありますよね。景観の良い橋の上などから谷間の渓流に向かってジャンプするとしたら、ある人はそれに対価を支払い、その「体験」を得ます。
しかし、またある人はそれを罰ゲームだと捉え、こんな危険な行為はあり得ない、と敬遠することもあります。

見せ方・魅せ方を変えることにより、価値観を変えられる場合もありますよね。

スティーブ・ジョブズは携帯音楽プレーヤーであるiPodを売り出すときに、そのデータ容量性能の表記を「ギガバイト」ではなく「1000曲」という、ユーザーに解りやすい単位で魅せました。

ディッシュウォッシャー(食洗機)を売り出すとき、「家事が楽になりますよ」では購入者が怠惰なイメージをこうむってしまうおそれがあるので、「手が荒れませんよ」として売り出しています。

良い商品やサービスが開発できたとき、それをどう魅せるか、どうお伝えするか次第で、その「価値」が大きく変わることを強く実感する毎日です。

仮にインターネットが当時存在したとして、馬車の時代に、T型フォードを、もしwebライティングやランディングページの手法を使ってで売り出したとしたら、どんな魅せ方をするのかな、なんて考えております。

each toneの1stプロジェクト「víz PRiZMA」。
まさにそんな、全く新しい価値のご提供になると思います。
とても奥深い多様な要素を持つ本サービス。どの様にお伝えすべきなのか。
今回も下邨尚也が、想いを綴らせて頂きました。

引き続き、「víz PRiZMA」にどうぞ、ご期待ください。
https://www.viz-prizma.com

「想いを込める」ということ

暑い日が続きますね。皆さま、お変わりございませんでしょうか?
今週の投稿は、ワクチン接種2回目を終え、39℃近い副反応による発熱をかかりつけ医に報告しましたら「若い証拠!」とお墨付きを頂いた、下邨尚也がお送り致します。

each toneの1stプロジェクト「víz PRiZMA」の説明会を月に数回の頻度で行っております。「víz PRiZMA」では、会員様が他界後、ご遺骨の代わりに、ご自身がつくられたアート作品と瞳(虹彩)由来の生体アートを掛け合わせた作品を、ブロックチェーンを掛けて後世に伝えるサービスを一端としております。
この、ご自身でつくっていただいたアート作品に「想いを込める」作業をしていくわけですが、この部分、なかなか解りづらいかも知れませんね。少し例示しながら、説明させてください。

ふたつの石ころ
下邨があるギャラリーを覗いていたときのことです。作家さんのお名前は残念ながら失念しました。作品には、「ふたつの石ころ」が飾ってありました。文字通り、石ころです。この作品は、なにを表現しているのでしょうか?
ギャラリーのオーナーにお話をお聞きしたところ、この「ふたつの石ころ」はそれぞれ、北極と南極から拾ってきた石ころなんだそうです。それが、今、物理的な距離を越えて、このひとつの作品の画面上に同時に存在している。みなさんはどうお感じになりますでしょうか?

著名人のサイン
これもよくありますよね。「握手してください」とか「サインいただけますか?」とか。渋谷なんかで見かける落書きにはなんの価値も感じず、むしろ迷惑行為なのに。とある人が書いたものには、とても価値を感じる。
もっというと、ご自身のお子様が生まれて初めて自分で書いたお名前の文字には、感無量ですよね。こんな経験、思い起こしてみると、どなたにもあるのでは無いかと思います。

認め印
脱ハンコの議論も偶にニュースになっておりますが。あの朱の印影も、あれがあることにより「承認」や「自筆」の証明になるわけです。ご本人がその場にはおらずとも。考えてみると、不思議にお感じになりませんか? PCや高解像度のカメラがありますから、この現代において、その印影の複製を取ることは非常に容易です。で、それら複製を禁じたり、その真偽を証明するお役所書類があったりもします。
日本画家や書家が作品に押す「落款」がアートの世界でもあります。その意匠(デザイン)も含めて、ステキな文化だなと思う場面でもあります。

さて、3つの例を挙げてみました。
「想いを込める」という観点からまとめさせていただくと、これらの事例には、「発信者」と「受け手」が存在します。そこで「発信者」の意図が、好意的な「受け手」に受け止められると、非常に意味や意義が生まれ、また、価値を見いだせない「受け手」にとっては、それらは何でも無いわけです。
1つ目の例では、ある人はこれは「地球」だ! と感じ、またある人はただの石ころと感じ。2つ目の例では「肉筆文字」と「落書き」。3つ目の例では「意思表示」と「朱い汚れ」。

アート作品にも同じことが言えると思います。興味がないひとには、現代アートはただのガラクタですし、印象派の絵画もキャンバスの上に顔料が乗っただけのモノです。しかしそこ介在する「発信者」と「受け手」の関係性や時代、価値観や嗜好などが重なったときに、「込められた想い」が「伝わる」わけです。とても奇跡的な出来事だと感じるのは私だけでしょうか?

みなさまも、こんな体験をされてみませんか?
each toneの1stプロジェクト「víz PRiZMA」では、無料説明会を定期的に行っております。是非お気軽にご参加ください。

https://www.viz-prizma.com/briefing

【Artists Interview ~藝術の力を社会へ~】

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