エンディング産業展レポート 「víz PRiZMA」オンライン説明会 ご参加者より

6/9(水)〜11(金)に東京ビックサイトで開催されたエンディング産業展に、弊社の1stプロジェクト「víz PRiZMA」を出展。その様子を先々週、弊社下邨から別投稿にてご報告させていただきました。

「víz PRiZMA」は会員制のサービスで、現在ご興味を持っていただいた方々に向けてオンライン説明会を設け、サービスのご紹介、Q&Aを実施しています。その初回にお越しいただいたご参加者のお一人が、エンディング産業展の「víz PRiZMA」のブースにも立ち寄ってくださり、その後オフィスにも遊びに来てくださいました。そしてこの度、ご本人のブログで“エンディング産業展「víz PRiZMA」”についてレポートしてくださいましたので、ご紹介させていただきます。

私たちのサービス・想い・世界観をこのように捉えて形にしていただき、勉強になると共に、とても嬉しく思います。ぜひ、ご覧ください。

【エンディング産業展③】生きた証をアートで遺す、バーチャル墓「víz PRiZMA」

おはかんり」 サイト

víz PRiZMA ~「瞳」(虹彩)から拡がる世界観

each toneの1stプロジェクト、「víz PRiZMA」(ヴィーズ プリズマ)がスタートしました。
本日はこの世界観を、改めてご紹介したいと思います。柿田京子がお送りします。

「víz PRiZMA」は、便宜上「バーチャル墓地」と紹介されていますが、単なる墓地ではありません。インターネット上にあり、スマホやPCでアクセスできる便利で経済的な墓地であることはもちろんですが、それをはるかに超えた奥深さを伴う、「生きる」にフォーカスしたサービスなのです。

ひとは、自分がやがて死を迎えることを実感できない生き物で、あたかも永遠の時間を生きるかのように、無意識に日々を過ごします。死なない前提に立ち、ついつい、くだらない争いごとや、しなくてもよい雑事に、時間を費やしたりしがちです。しかし、どのような命も最期を迎えます。これは残念ながら、明白な事実です。ともすると、平均寿命などを横目に人生を語りがちですが、実際のところ、ひとは皆「いつ死ぬかわからない命」を生きています。

「víz PRiZMA」は、終わりを見据えることで、自身の限りあるいのちを意識するところから始まります。入会後、最初に体験するワークショップでは、限りある時間を“より良く生きる”ことに真剣に向き合い、想いをこめて、アーティストと一緒に作品を創ります。作品は、自身の誓いの象徴として、“生きる”を支える糧に。そしてやがて、精一杯生きた証としてバーチャル空間に展示され、未来へ手渡されていきます。

víz PRiZMAは、「瞳」(虹彩)から拡がる世界観でできています。

ひとは、瞳で世界をとらえ、瞳を介して自身の想いを世界へ発します。時として、目は言葉よりも雄弁です。「心の瞳」といわれたりしますが、瞳は、視力の有無にかかわらず、本質的な世界をとらえます。「本当に大切なものは目に見えない」*ように、まぶたを閉じたところから拡がる世界もあるのです。

瞳(虹彩)の文様は、その人の独自性を示す、唯一無二のもの。DNAが同じ一卵性双生児であっても、虹彩の模様は異なります。よって、虹彩データは認証に使われたりするのです。虹彩のことを英語でiris(アイリス)と言います。アイリスは、ギリシア神話に登場する「虹」の女神の名前。虹は、この世と天界を結ぶ懸け橋で、アイリスは、ここを司っているのです。瞳(虹彩)は、まさに、この世とあの世をつないでいるのですね。

遺骨ではなく、瞳をモチーフにしたことで、「víz PRiZMA」の世界は、生きること、そして旅立ったあとも含めた壮大なものとなりました。自身が、そして大切な人が、瞳でとらえた世界・瞳から発した世界の記憶を、果てしない想いと共にデジタルアートに委ね、未来へ残していきましょう。

遠い未来、あなたの子孫たちは、大木の根元から生い茂った木を見上げるように、自身のルーツをアートのかたちで受け取り、自らを形作ったいのちの数々想いを馳せることでしょう。

* サン=テグジュペリ「星の王子さま」より引用

「víz PRiZMA」、エンディング産業展@東京ビックサイトに出展

ending_exhibition

2021.6.9(水)〜11(金)、弊社は1stプロジェクトである「víz PRiZMA」を、東京ビックサイト青海展示棟 B棟にておこなわれた『エンディング産業展』(http://ifcx.jp/)に出展。

葬儀・埋葬・供養に関する、設備・機器・サービスの集まるエンディング産業に関する専門展示会。葬祭業・墓苑・霊園管理者、寺社仏閣の宗教関係者、自治体の生活衛生関連の方々が、全国から東京ビックサイトに集いました。

バーチャル墓地サービスである、弊社本サービスの訴求・魅せ方に苦慮しましたが、サービスの柱となる、「バーチャル墓地」「コミュニティ」「プラットフォーム」を、ブランド名の『víz PRiZMA』(ハンガリー語:ウォータープリズムの意)のメタファーとして、3本の水柱と七色の光のインスタレーションとして、表現・展示しました。

プリズム写真

藝術という選択 ― Heart of “each tone”

人がある状況にでくわした時、藝術という選択があることで、普段できないこと、考えなかったことが可能になるのではないか。その積み重ねが社会を変革していくのではないか。

先週のエッセイを、弊社の髙橋若余は、こう締めくくりました。
これを受けて本日は、柿田京子が、改めてこのテーマの一例を語ってみたいと思います。

「人がある状況にでくわした時」-それは往々にして、都合が悪い状況であったり、危機的な状況であったりします。

その状況にどっぷり浸って、不幸な世界観を堪能し尽くすのも、ひとつの選択でしょう。悲劇をつぶさに観察しながら主人公を演じる自身が、「もっと悲劇性を高めるにはどう表現すればよいか」などと考えはじめたら、チャンス! あなた自身が気づくでしょう。自分がもう不幸な人ではなく、悲劇を題材に人生の深みを謳歌できる前向きな人間に変わっていることを。

お笑いや喜劇では、主人公の思い通りにならないアクシデントや、常識どおり進まないもどかしい事象を「笑いのネタ」としていることが多いですね。都合の悪い状況に対して、日和ったり、怒ったりする自身の様子を、人間ドラマとしてとらえる。客観視しながら、共感したり、別の人だったらどうするかと想像したり、あるいは関西弁で状況再現したらどうなるだろうと考えたりし始めたら、チャンス! あなたはもう、悩める現状をネタに、笑いと幸せを送り出す愉快な人に変わっています。

このように考えると、危機的だった状況が人生を謳歌する糧であり、都合が悪い状況が幸せな笑いを誘うきっかけであったりするわけで、もうどこからが不幸で、どこからが幸せだかよくわからない二律背反。不幸なのか幸福なのか、まさに「塞翁が馬」。相対するはずの感情が混在・混線してつながる中、最後には「生きていることは本当に素晴らしい」「みなさんありがとうございます」という愛おしい感謝につながっていく、不思議な世界が拓けてきます。

藝術という選択があること。それは、売れる作品をつくることや、高名なアーティストとして認知されるというような意味ではなく、やわらかい思考とやさしい眼差しをもって、人が自身の無意識から、本来持っている様々な発想や能力を引き出し、苦しみや違和感を和らげたり、改めて明日に向き合うエネルギーを生み出したりする活動です。

思えば、20世紀には、「損か得か」「善か悪か」といった、固定的なベクトルで課題に向き合うことが多かったように思います。この結果、取り残されてしまった課題—環境問題や、人の尊厳の問題など—が、今、SDGs*として並んでいます。21世紀という時代が、二律背反を交えた複雑な課題に寄り添う時代となっていることが見えるでしょう。

私たちは、どのようにして、ここから未来を創っていくのでしょうか?

これから社会で活躍する若きアーティストの方々の将来が希望に満ちたものであることを願い、今に悩むすべての方々が、その状況の中から、明日に向き合うきっかけを見出していけることを切に願いながら、本日の筆をおきたいと思います。
私たちeach toneが、どうかその一助になれますように。

*SDGs:2015年9月の国連サミットで採択された、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標。17のゴール・169のターゲットから構成され,地球上の「誰一人取り残さない(leave no one behind)」ことを誓っている。(外務省ホームページより