地中に咲く花

皆さまこんにちは、船木です。本日はある本を読み終えての所感をお話ししたいと思います。

アート思考。教養知識としてのアートや作品についての上手下手の評価ではなく、「作者はどのような視点と意図でこの作品を制作したのか」「作品を前に自分はどのように感じるのか」「そう感じたのはなぜだろうか」ということを深堀りしていく本書。

「当たり前だと思っていたことも、はたして自分自身の視点と基準で本当にそう思っているのだろうか」ということに疑問を持つ。自分自身に問い、その問いを丁寧に繰り返していくことで自分の内側にある“興味のタネ”が何なのかに気付き、そのタネから”探求の根”を地中に下ろしていく。

私自身、美術や音楽、舞踊といったいわゆる”アート”を極める道を歩んできたわけではなく、専攻や経験してきた仕事がクリエイティブな業界業種だったかと問われれば、それも”No”だと思います。しかし、アート思考とは限られた一握りの人々のものではなく、誰の中にでも存在していて、例え今は眠っていたとしても呼び覚ますことができる。本書読了後、改めてそう感じました。

以前から、私は人一倍「今何を感じているのだろう」「どうしてそう感じたのだろう」という問いや興味を持ち、不器用ながら自分なりに咀嚼しようとしてきたように思います。世の中や周りの価値基準に、自身の考えを当てはめようとしてうまくいかないことも多々ありました。しかし周りからの手ほどきも受けながら、少しずつ、確実に、自分の内側の”興味のタネ”を見つけ、”探求の根”を地中に下ろしていることを実感する今日この頃です。

たとえそれが、周りからは咲いていないように見えたとしても、自分すら気付かない”花”であったとしても、タネから根を伸ばす過程そのものが”花”であると私は思うのです。

あなたの”興味のタネ”は、何なのでしょう?
その”タネ”にどのようなお水や栄養を与えて、”探求の根”を地中に下ろしていき、どのような”自分だけの花”を咲かせたいですか?
問いや興味を持った方。よろしければこちらの本を手に取りつつ、ご自身の内側へと想いを馳せてみてください。

末永幸歩/「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考/ダイヤモンド社/2020

スティーブ・ジョブズの”Connecting the Dots”

こんにちは。柿田京子です。先週のフォントの話を続けます。

最初に、下邨の問い「漫画に複数のフォントが使われるのはなぜ?」の答え。

ひとつは、読みやすさ。出版の活字は明朝体が一般的ですが、週刊漫画誌のように紙質が悪いと明朝の細い横棒が見えにくい。そこで、横棒使いの多い漢字にはゴシック、平仮名は明朝と、混合字体が定着していったそうです。

もうひとつは、ズバリ、漫画の世界観を効果的に表現するためです。その時々のストーリー状況を的確に表すために、ナレーションと感情的な叫びでは、フォントが変わります。紙面に刷る時の読みやすさも考慮しながら、漫画の世界観を伝え、読者の没入感を高めるために、漫画ではフォントが複数使われます。

漫画は、文字(フォント)選びも含めての藝術なのですね。

パソコンにフォントを採り入れたのは、皆さんよくご存じのアップルの創始者、スティーブ・ジョブズです。

スティーブは大学に入学するも、退屈な必修授業を前に、学ぶ意義と高額の学費に悩んで中退。行き場のないキャンパスを18ヶ月余り放浪しながら、心惹かれたカリグラフィー(レタリング)の授業に潜り込み、あてもなくその手法を習得します。

そして10年後、初代マッキントッシュ・コンピュータを世に出そうとした時、突如この経験を思い出し、コンピュータにフォントを採りこむことを思いつくのです。

スティーブは語ります。

人は、将来を見据えながら点を結ぶことはできない。私たちにできるのは、振り返って点を結ぶことだけ。いま手掛けている、心惹かれるひとつひとつが、将来何らかの形でつながると信じて、やり続けるしかないと。そのために、自分の勇気であれ、運命であれ、何であれ、何かを信じてやり続ける。自分の心に従うことに自信を持ち、それがたとえ一般的な方法から外れようとも、やり続けることの意義を、スティーブはその生涯をもって教えてくれたのだと思います。

点を結ぶ話は、スティーブが2005年、スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチの一節です。折に触れ、このスピーチを聞き返しながら、現在のeach toneの歩みもまた、未来へつながる点のひとつであることを信じて、一歩一歩進んでいきたい思います。

フォントがつくる世界観

こんにちは、下邨です。

久しぶりの投稿となりますが、やはり私の専門領域であるデザイン系のトピックを採りあげようと思います。

みなさまはフォントについて、どれくらい気にされているでしょうか? 私のように仕事柄、常に向き合っている方も居れば、あまり気にされたこと無いという方もおられるかも知れません。日本語フォントであれば、明朝体とゴシック体。アルファベットであれば、セリフ体とサンセリフ体ぐらいの違いはご存じでしょうか?

私たちの周りはフォントに包まれています。電車に乗れば駅名の看板書体から、車内の広告に溢れる文字。ほぼ一人一台は持っておられるであろう、スマートフォンの中。この投稿をご覧いただいている時点でも、フォントの恩恵を享受しておられるわけです。

では、フォントの種類により、受ける印象が変わることを感じたことは無いでしょうか?

極端な例えをしますが、こんな弁護士事務所のロゴマークにどんな印象を持たれますか?

法律事務所フォント

また、こんなティーン向け雑誌のキャッチコピーはどうでしょう?

雑誌コピー

フォントが変われば、イメージが変わることを実感頂けたでしょうか。

このように、私たちはフォントから「文字の内容以上」の情報を受け取っています。逆に言うと、デザイナーは「文字以上のイメージ」を込めて、制作をしています。each toneのロゴにも様々な想いを込めてデザインをしているのです。

ここまで読んでくださった皆さまは、何故、マンガのセリフに使われるフォントが明朝体とゴシック体混合が多いのか、気になってくるはずです。ご興味がありましたら、調べてみてください。

また来週の投稿をお楽しみに!

赤い世界に魅せられて

東京都現代美術館写真

皆さまこんにちは、船木です。

前回までの投稿がかっちりとした内容だったので、今回は毛色を変え、ややカジュアルにまいりたいと思います。

先日メンバー3人で、Chief Designing Artist下邨推薦の「石岡瑛子展覧会 血が、汗が、涙がデザインできるか」を観に東京都現代美術館へ行きました。

見応えある多くの作品がある中で、彼女が衣装を手がけた映画『ドラキュラ』の展示が脳裏に残っています。煌びやかな衣装を纏った俳優陣がそこに存在しているかのような空間。そこに浮かび上がるドラキュラの”赤いローブ”。一見ドラキュラを想像しにくいトランスセクシャルなその赤いローブは、「今までの当たり前」を塗り替え、彼女の意思やこだわりの新たな世界観が表現されているようで、今までとは異なる新しい道を進み始めた今の私自身を重ねていたのかもしれません。ローブのエンブレムや、他の衣装に散りばめられた鳥や虫や動物達の姿も不思議で、多様な存在が共存している世界がファンタジーにもリアルにも感じられ引き込まれました。

創業したばかりの今のタイミング。背中を押していただけたように感じながら、鑑賞後半ば放心状態だったところをメンバーが迎えてくれました。この日この場で感じたことがいつか血となり、汗となり、涙となって人生をデザインできる日がくることを祈りながら、前に進みたいと思います。

会期期間は2/14(日)までで事前予約制。よろしければ、足を運んでみてはいかがでしょうか?

石岡瑛子展覧会 血が、汗が、涙がデザインできるか」 
東京都現代美術館 2021.2.14(日)まで
東京に生まれ、アートディレクター、デザイナーとして、多岐に渡る分野で新しい時代を切り開きつつ世界を舞台に活躍した、石岡瑛子(1938-2012)の世界初の大規模な回顧展。

「藝術」という表記へのこだわり

はじめまして、each tone の船木です。これからどうぞ、よろしくお願いいたします。

私たちeach toneは、〜藝術の力を社会へ〜と企業理念にうたっているように、「藝術」という旧字体を意図的に使っています。今日の常用漢字では「芸術」の方が一般的。それでもあえて、「藝術」とすることにこだわりました。「藝」と「芸」の意味合いや、”Art”が訳され「芸術」と表記されるように至った背景を知ることで、私たちがイメージするのはまさに、「藝術」であるという結論に至ったからです。

  • 〈藝術〉は、そもそも、明治期に西周(にしあまね)が”Art”を訳すにあたり、作った語
  • 当初、西は〈藝術〉としたが、のちに、その略語として〈芸術〉が普及した
  • 「藝」の意味とは「ものを種える」(うえる、植える)の意味
    「人間精神において内的に成長してゆく或る価値体験を種えつける技」
  • 「芸」の意味とは農業用語、音読みは「うん」、訓読みは「くさぎる」、「草を刈り取ること」の意味
  • つまり、「芸」の語は、「原意の藝とは反対の意味を持つ字」
〈出典:今道友信『美について』講談社現代新書 1973年 p6, p75-p76〉

戦後間もなく制定された当用漢字の中で、「芸」は「藝」の略字と定められました。人々が文字や言葉の成り立ちを知った上で普及していったのではなく、国家施策として定められたものがそのまま定着した。そんな歴史があったのです。

私たちは、一人一人の持つ可能性の”チカラの種”を見付けて、藝(う)えていきたい。藝えられた”チカラの種”たちが集まって、予想を超えたカタチで芽吹いていく。その先には一体、どのような世界が待っているのでしょう? 田畑に降り注ぐ豊かな太陽の光のように、大地に潤いをもたらす雨水の滴のように。「藝(わざ)を携えながら、藝える存在になっていきたい」。

〜藝術の力を社会へ〜 私たちeach toneは、それぞれの”チカラの種”が集まって、まさに藝えられたばかり。これから皆さんの”チカラの種”と一緒になって、芽吹いていく世界を楽しみにしています。

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