2つの色の世界

先日のこちらの投稿で、下邨が「白」について語りました。今回は、こちらのトピックをもう少し広げてみたいと思います。

タイトルを、「2つの色の世界」としました。以前に「白」の投稿を書いたから、今回は「黒」でしょう。はい、そうなんです。けれども、もう少し首をつっこんで、「白」は何色でできているか。「黒」は何色でできているか。想像してみませんか。
少し専門的な話も出て来ますが、とても興味深い「2つの色の世界」なので、このひととき、色の世界を旅行しましょう。

1つ目の色の世界

小学生の図工の時間、絵の具でお絵描きしましたよね? 8色か、12色か、絵の具セットの色全部混ぜて使ったらどんな色になるだろう? やりませんでしたか? 画用紙が真っ黒になっちゃった… ご経験ありませんか? これが1つ目の色の世界です。
「絵の具」または「インク」などのは、混ぜれば混ぜるほど、黒く濁っていきます(ここでは色相環の説明は割愛します)。この混色の方法を、減法混色(げんぽうこんしょく)といいます。

2つ目の色の世界

こちらは、コンピュータなどをお使いの方はよくご存じかも知れません。コンピュータに明るくない方も、ご心配いりません。もう既にご経験されていますから。
私たちの「目」の奥の網膜には、色を感じる細胞があり、「光」が入ってきたときに我々は脳で色を感じ取ります。人間の網膜は、「光」がないところ(例えば、暗闇)ではなにも見えません。こちらの「光」がキーワードです。「光」がない所では黒が見え、赤色・緑色・青色を感じる錐体細胞(すいたいさいぼう)が一斉に刺激を受けると、目が真っ白にくらむ。こちらの「光」の混色の方法を、加法混色(かほうこんしょく)といいます。

おさらいです。
絵の具は、全部混ぜると「黒」になり、「減法混色」と呼びます。
光は、全部混ざると「白」になり、「加法混色」と呼ばれます。
面白いと感じていただけますでしょうか?

もう少し、面白いと思えるように、お手伝いいたします。
この話のポイントは、私たちの目は、「減法混色」で描かれた絵画作品の「黒」を、「加法混色」のセンサーである網膜の錐体細胞で感じ取っているということなのです。
モノクロームの写真の黒に、色の深みを感じたり。逆に、白いベタ塗りに、7色の煌めきを感じたり。これら、「2つの色の世界」の差異が成せるステキな現象だと思うんです。
ほんの少しだけでも、興味深さを感じていただけたでしょうか?

さあ、色の世界の旅行ガイドは、そろそろ終わりのようです。
また、次の旅でお会いしましょう。

絵は気持ちで描く

こんにちは髙橋です。

今日は、わたしが絵を描くことについて、どう考えているのか。個人的な所感をお話しようと思います。

以前のわたしは、絵を描きたいと思っているのに描きたいものがなくて困っていました。描く力がなくなったのかと思うほどでした。 

時々、描きたいものはあったのですが、満足いくように描けないと思うと手が止まる。満足いくように描くには、手を動かして試行錯誤を重ね、資料と見比べながらイメージを固める作業を繰り返す。そうすれば仕上げまで進めて行けたはず。それができなかったのは、思い込みがあったからです。

自分の中の思い込みが、描くことに対して消極的にさせていました。しばらく描かない期間ができると、下手になっているんじゃないかと焦りも出てきます。上手く描かなければとか、スムーズに理想にたどり着けないのを、力不足と感じて気持ちが途切れてしまう。 

描かなくなったのは、そもそも描きたいものがない。描く目的がないからだということは、自分でもわかっていました。アイディアやひらめきを生むためのインプットも足りませんでした。描くこと自体が目的になると、絵は描けなくなってしまいます。 

そもそも絵は非言語のメディアです。何か伝えたいものがあって、伝えたい誰がいるから描き続けられるものだと思います。 

そんな思い込みをどうやって解いていけばいいのか悩んでいたとき、ある作品に触れました。こんなふうに絵を描いてみたいという気持ちが強烈に、しかし驚くほど自然に湧いてきました。 

再び描き始めたことでわかったのは、絵を描く力は落ちないということ。描きたい気持ちがでてくれば 、細かいところまで諦めずに調整したくなるのでクオリティがあがり、結果として思い通りの仕上がりになります。描きたいのに描けない。描きたいように描けないという、心のつかえを越えていくことができました。 

伝えたいことがあれば、人は自然と行動に移すことができます。例えば、面白い映画を見たら内容を人に話したくなることがあるでしょう。映画のどこに感銘を受けたのか自分の視点で魅力を伝えたくなるものだと思います。特に人に視聴をすすめたい時は、どんどん言葉が出てくるのではないでしょうか。 

絵は、思考や感情も含めた情報の伝達です。伝えたい気持ちがあれば絵が描ける。その本来的なところに立ち返ることができました。

わたしにとって、心ときめく作品との出会いがもう一度、絵に対する気持ちを整え温めてくれる存在となったのでした。

【Artists Interview ~藝術の力を社会へ~】#8

新コンテンツをアップしました。

今月のインタビューでは、日本の伝統的な表装文化を守り育てる、株式会社マスミ東京の横尾靖さん・裕子さんにお話をうかがっています。世界各地の美術館に、美術品の修復に使用する和紙を提供。伝統を受け継ぎ、時代に合わせた工夫を凝らしながら未来へ手渡していく職人の世界、どうぞご覧ください。

Artists Interview #8 横尾靖さん・裕子さん
表装美術家 株式会社マスミ東京 代表取締役・MASUMI PLUS担当
日本の表装文化を世界へ、そして未来へ伝え続ける ―豊かな気持ちを共有できる社会に

このコーナーは、each toneの「~藝術の力を社会へ~」の理念に基づき、アート思考やデザイン思考をもって、様々な分野で社会課題に寄り添うアーティストの方々の活動をご紹介しています。


目で触る 指で見る

こんにちは、下邨です。
本日は私の文章にお付きあいください。

唐突に始まります。

五感という感覚があります。これにはそれぞれ優位性があるそうです。
一般的な場合、その方が置かれる状況確認のために入手される情報は、

  • 視覚 87%
  • 聴覚 7%
  • 触覚 3%
  • 嗅覚 2%
  • 味覚 1%

なのだそうです。

もちろん、ひとにより差異はあって、目が不自由な方は触覚による点字など。地図という観念を「パンを焼く匂いがするから、ここを右に曲がろう」と嗅覚で捉えておられる方もいらっしゃると聞いたことがあります。

また、脳への「記憶」という観点からは、
聴覚<視覚<触覚<味覚<嗅覚
という順序で強く印象づけられるという話もあります。
情報確保の優位性とは異なる結果なのが、非常に興味深いです。

さて、美術においてはどうでしょう。
私は美術作品を「目で触る」ように鑑賞することにしています。文字通り、作品の表面質感や堅さ・柔らかさ、温度感などを、まるで指で触るように視覚で辿っていきます。ギャラリーや美術館の匂いもとても気になります。描かれたばかりの油絵であれば、その画材の香りから独特の感覚を想起されます。

余談になりますが、私は展示されている彫刻の「裏側」が気になって仕方がありません。スポットライトを浴びていて、作品タイトルや説明文が書かれている、いわゆる正面の裏です。可能ならば、必ずみるようにしています。

当然のことながら美術作品によっては、触ることができないものも多いのですし、舌でペロッと舐めてみたり、彫刻を裏返してみる、なんて言語道断ですが…。
いつもと少し違う感覚も使って、作品鑑賞をしてみてはいかがでしょうか?
それまでは理解できなかった作品も、少しだけ作家の深層心理に近づけるかも知れません。

「過去」を考えることで浮かび上がってくるもの

こんにちは髙橋若余です。

過去をふりかえり、現在を見つめ、未来を展望する。
これが今取り組んでいる「víz PRiZMA」のワークショップの核です。

本日はこの3つの要素のなかでもとりわけ過去について、自らにあてはめて考えたことを書いてみます。
わたしにとって「過去をふりかえる」はとても困難です。

過去をふりかえるといっても、どうしても直近の数年間のちょっと苦々しい記憶が鮮明に蘇ってきます。なぜなら、よほど楽しいことでないかぎり、嫌なことやつまらないことの方を繰り返し反芻してしまうからです。
わたしは、本当に嫌なできごとは、現在の楽しみの総量を増やし、押し流すことで忘れるようにしてきました。
そもそも重要でないと頭の中で判断したことは、まるで穴が開いたように記憶からこぼれていて、高校時代の担任やクラスメートの名前すら曖昧です。
そして、過去をふりかえろうとすると、無為に過ごした時間、その時の無気力な感情に苛まれそうで…すこし恐ろしいのです。
そこでもっと過去に戻って、ちいさな子どものころはどうだったかと思い返すと、絵が好きだった祖母のこと、昔住んでいた家から見えた景色、夕焼けを見てこのピンクと紫の混じったような色が好きだと感じたことなど、ノスタルジックな記憶が思い起こされます。そうすると、なんとなく穏やかで暖かな気持ちになってきました。

過去には良い記憶もあれば、忘れたい記憶もあります。わたしの過去には、「これを成し遂げたから、今の自分を誇れるのだ。」と語って聞かせられるような、満足いく素晴らしい功績も残っていません。
しかしいくつかの記憶をこのように重層的にふりかえることで、では「今の自分はどうだろう?」と、対比としての現在が浮かび上がってきます。
今の自分自身とかつての自分を比べれば、たとえそれが亀の歩みであっても進歩していると捉えることができます。それは心の中で過去と現在を行ったり来たりしているうちに、変化や成長を求める気持ちが自分のなかにあることを自覚できたからです。

過去をふりかえることで、未来に対して前向きな気持ちを持てていることに気づきました。
わたしにとって将来はまだはっきりと像を持ちません。しかし最後には幸せになるための道のりを歩んでいるのだと信じて、この日々を送っていきたいと考えています。

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