ブドウの記憶 ~ブドウはワインになり、この世に存在した記憶を、時を超えて伝えるのです~

トカイ(ハンガリー)Gróf Degenfeldの華やかさ際立つ白ワインTerézia(Hárslevelű)

こんにちは。柿田京子です。関東地方も梅雨に入りました。傘が手放せない日が続きますが、みなさまお元気でお過ごしでしょうか?

ブダペストでハンガリーワインのおいしさに感動してから早3年。ハンガリーワイン協会をはじめ、さまざまな方々とのご縁がつながり、最近ワインの話題が増えました。

ワインは一切の混ぜ物なく、純粋にブドウだけから造るお酒。時間をかけ、樽で熟成させたり、瓶に詰めてから寝かしたりもしますが、その味の「9割はブドウ畑で決まる」と言われています。つまり、ブドウの種類とその土地の環境 ― 土壌や水、日当たりや風通し、気候など ― がワインの決め手。自然の不思議な力に、人が心をこめて寄り添い造りあげていく、芸術作品のようなプロダクトなのです。

ワインの味わいを表現する言葉は、実に繊細です。写真は、ハンガリー東部トカイ地方の名門ワイナリー、グロフ デゲンフェルド(Gróf Degenfeld)の白。使用ブドウは、この地方の地場品種ハールシュレヴェリュです。日本ではあまり馴染みのないブドウ品種だと思いますが、こうした珍しいブドウに数多く出会えるのも、ハンガリーワインの魅力のひとつ。
ちなみにこのハールシュレヴェリュは、とても主張のある存在感たっぷりの白で、私の「白」の常識を圧倒して覆してくれました。「モモや洋ナシ、リンゴ、グレープフルーツ、レモン、白い花、レモングラスなど様々な香りがギュッと詰まった華やかさ」なんて評されたりしています。

私のワインの師匠は、ワインの味わいから、実にさまざまなことを読み取られます。ブドウがどのような地域で育ったのか、寒冷地か温暖な場所か。日当たりは良かったのか、風通しはどうだったのか。「日当たりの良い小高い丘の上。さほど寒くない地域ですね。海が見えるところかもしれない。。少し、潮風が感じられる。」などと、グラスに注がれたワインから、広大な風景が拡がるような描写。あとからワイナリーの写真を見ると、実際それが、かなり当たっているのです。

ブドウ自体は、その年でいのちを終えますが、ワインになることでその記憶をつなぐのです。ボトルに詰められ、時を超えて、地域を超えて旅をして、見知らぬだれかの食卓で、そのブドウ畑の様子を再現して見せるのです。受け取った私たちは、見たことのない景色に心躍らせて、ちょっと幸せになれる。

ワインに触れながら、これは、私たちがvíz PRiZMAで行っていることと同じだな、と思ったのでした。かつて生きた人の想いを受け取り、少し幸せになるアートの世界は、ワインみたいなものかな、と思ったりするのでした。

人形からの不思議なまなざし

こんにちは高橋です。

いきなりですが『PUIPUIモルカー』をご存知ですか。モルモットがクルマになった世界の「モルカー」たちが活躍するストップモーションアニメです。 

2021年1月のテレビ放送開始直後から話題が沸騰し、今秋の新シリーズ放送が発表されたばかりの人気作品です。 

私も放送直後からそのコロンとしたフォルムとトコトコ走る小ぶりな足の虜になり、映画を鑑賞したり、アートブック等の書籍やぬいぐるみを購入して世界観を楽しんでいます。 

モルカーの魅力は色々ありますが、そのひとつに瞳があります。モルカーのボディは羊毛フェルトで瞳は半球状のアクリルパーツできています。瞳はただのアクリルパーツで、動きはありません。目が飛び出るほど驚いた際の表現として、サイズを極端に大きくしたり、時々まぶたで表情をつけることもありますが、基本的には真ん丸なパーツのまま使用されています。 

しかし、物語の中でポンと跳ねたり、耳をパタパタ震わせたり、手足を縮めたりのアクションをすると瞳に困惑や喜び、得意満面、悔しさ、のような実に多様な感情を見出すことができます。フェルトのキャラクターが動くと、その動きに応じて表情がどんどん変わっていくように見えました。 

とはいえ、瞳は動いていないのです。もしかしたら、瞳が動かない分、こちらが何らかの意味を見出したくなるのかもしれません。

視聴者として、テンポ良く展開するストーリーに引きこまれていくので、モルカーが追い詰められる場面では本当に気の毒に、大活躍の場面では自信たっぷりの顔として受け止めます。おおいに感情移入しているからこそ、目つき顔つきが動くように見えるのでしょう。 

一方で、瞳のアクリルパーツに意味を見出したくなるのは購入したぬいぐるみでも同様です。

床などにちょっと置いてある時は、生き物を象ったモノが落ちている。作り物っぽいというか、そこだけ時間が止まっているような虚無感があるのに、抱き上げて瞳を覗くと、たちまち活き活きと見つめ返してくれるように錯覚します。 

人というのは、アクリルパーツであっても、それが瞳だと感じれば「まなざし」を覚えるようにできている。その不思議な現象をぬいぐるみによって体感する日々です。 

今回は瞳のもつ不思議な魅力として、ストップモーションアニメの人形を連想いたしました。弊社のファーストプロジェクトvíz PRiZMAも「まなざし」のもつ暖かな記憶を大切に伝えていくものとして、暮らしをサポートするものとなれば心嬉しく思います。

直系約3㎝はある、ぬいぐるみの大きな瞳。

【Artists Interview ~藝術の力を社会へ~】#10

こんにちは、高橋です。

連続インタビュー企画【Artists Interview ~藝術の力を社会へ~】の10回目を更新いたしました。

今回は、アートとデザイン思考の講師としてセミナーを開講し、また自身もアーティストとして活躍される柴田雄一郎さんのインタビューです。

アート思考とはなにか、また新規事業立ち上げにどう生かすことができるのかなど貴重なお話を伺いました。

以下のリンクから、ぜひご覧ください。

Artists Interview #10 柴田 雄一郎(しばた ゆういちろう)さん

表現するといふこと

今週の投稿は、下邨の曖昧な信念の続編にお付きあいください。
引き続き、ボンヤリとしたトピックです、気楽にお読みください。

私の大学での専攻は「コミュニケーション・デザイン」ですが、美術やノンバーバル(非言語)コミュニケーションに興味を持つ以前、思春期の頃は文学にハマっておりました。なかでもいわゆる純文学、明治・大正・昭和初期の小説や詩集を読みあさっていました。

国語や作文の成績はからっきしでしたが、実体験として、文章の「凄み」のようなものに興奮し、震えていました。今になって思えば、倒置法や逆説、擬人化や比喩など、そんな専門用語こそ知らずとも、「嗚呼、かういふ樣に使ふと、なんと效果的であらうか。」と悦に入っていたものです。

たった一行の文章で、こめかみを撃ち抜かれたような感覚を抱いたのもその頃です。言葉の持つ「強さ」「儚さ」「博愛」「残忍性」にも強く惹かれました。表現の道を選ぶことになった原体験なのかもしれません。

今でも言語化して考えるクセは抜けず、大学の油絵の授業で抽象画を初めて描いたときのことです。人によって抽象化のプロセスは様々でしょうが、私はその時のモチーフであった観葉植物に関連するワードを50個くらい挙げて、その中から数個選びだし、そこからイメージを膨らませていきました。例えば「細胞壁」「ミトコンドリア」「光合成」のように。「とても面白いアプローチだね!」と講師の方に言われて、他の学生はどうやっているのかな? と気になったりもしました。

ところで、「表現」において、通底する真理があると勝手に思っています。それは「なにもないところの重要性」なのではないかと、現時点で私は感じています。
文章では、書かないことで読ませる行間。
書道では、墨と半紙のバランス。
デザインでも、余白。
音楽では、楽譜の休符。
ここをしっかりと設計し、全体として調和がとれ、響き合っている作品がステキだなと、強く実感します。ここへの試行錯誤は永遠ですね。

今週も駄文、失礼いたしました。

【Artists Interview ~藝術の力を社会へ~】#9

こんにちは、高橋です。2021年の大晦日いかがお過ごしでしょうか。

連続インタビュー企画【Artists Interview ~藝術の力を社会へ~】を更新いたしました。

9回目となる今回は、作品制作の経験を経て看護師となられた塚田尚子さんのインタビューです。

アート、モノづくりにおける視点とケアの現場の興味深い重なりについてお話を伺いました。

以下のリンクから、ぜひご覧ください。

Artists Interview #9 塚田 尚子(つかだ なおこ)さん

想定外の余白を楽しむ―モノづくりと医療を重ね合わせたその先

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