或る展覧会のためのエスキース

或る展覧会のためのエスキース

お盆が終わって、会社から自宅に帰る時分の夕風に、少し涼しさを感じる様になってきました。

早いもので、会社を立ち上げてからもう8ヶ月。有り難いことに様々なご縁に恵まれ、非常に多くの方々とお話しする機会を、日々頂きながら、仕事をしております。
皆様に励まされ、アイデアを頂戴し、強い共感を貰っては、時に窘められる。この居心地の良さはなんなのだろう? と考えたときに、気づいたのです。この積層されていくコミュニケーションは、作品制作に似ていると。

初めてお会いする方を注意深い視線で観察して、その方を知り。
お話をする限りでは知り得ないお人柄は、美術解剖学のようにその内的世界を想像し。
次の会話のトピックはどんなものがご一緒に楽しい時間を過ごせるかとエスキースを思い浮かべ。
精一杯のおもてなしで、支持体に顔料を重ね。これは失礼しました、と白く塗りつぶす。

その度毎に出会う方と、最高に素敵な出会いの瞬間という展示に向けて、試行し対峙し続ける様は、恍惚以外の何者でもないのです。

やはり私は、制作が、そしてなにより人が好きです。

今週のエッセイは、下邨がお送りいたしました。

「想いを込める」ということ

暑い日が続きますね。皆さま、お変わりございませんでしょうか?
今週の投稿は、ワクチン接種2回目を終え、39℃近い副反応による発熱をかかりつけ医に報告しましたら「若い証拠!」とお墨付きを頂いた、下邨尚也がお送り致します。

each toneの1stプロジェクト「víz PRiZMA」の説明会を月に数回の頻度で行っております。「víz PRiZMA」では、会員様が他界後、ご遺骨の代わりに、ご自身がつくられたアート作品と瞳(虹彩)由来の生体アートを掛け合わせた作品を、ブロックチェーンを掛けて後世に伝えるサービスを一端としております。
この、ご自身でつくっていただいたアート作品に「想いを込める」作業をしていくわけですが、この部分、なかなか解りづらいかも知れませんね。少し例示しながら、説明させてください。

ふたつの石ころ
下邨があるギャラリーを覗いていたときのことです。作家さんのお名前は残念ながら失念しました。作品には、「ふたつの石ころ」が飾ってありました。文字通り、石ころです。この作品は、なにを表現しているのでしょうか?
ギャラリーのオーナーにお話をお聞きしたところ、この「ふたつの石ころ」はそれぞれ、北極と南極から拾ってきた石ころなんだそうです。それが、今、物理的な距離を越えて、このひとつの作品の画面上に同時に存在している。みなさんはどうお感じになりますでしょうか?

著名人のサイン
これもよくありますよね。「握手してください」とか「サインいただけますか?」とか。渋谷なんかで見かける落書きにはなんの価値も感じず、むしろ迷惑行為なのに。とある人が書いたものには、とても価値を感じる。
もっというと、ご自身のお子様が生まれて初めて自分で書いたお名前の文字には、感無量ですよね。こんな経験、思い起こしてみると、どなたにもあるのでは無いかと思います。

認め印
脱ハンコの議論も偶にニュースになっておりますが。あの朱の印影も、あれがあることにより「承認」や「自筆」の証明になるわけです。ご本人がその場にはおらずとも。考えてみると、不思議にお感じになりませんか? PCや高解像度のカメラがありますから、この現代において、その印影の複製を取ることは非常に容易です。で、それら複製を禁じたり、その真偽を証明するお役所書類があったりもします。
日本画家や書家が作品に押す「落款」がアートの世界でもあります。その意匠(デザイン)も含めて、ステキな文化だなと思う場面でもあります。

さて、3つの例を挙げてみました。
「想いを込める」という観点からまとめさせていただくと、これらの事例には、「発信者」と「受け手」が存在します。そこで「発信者」の意図が、好意的な「受け手」に受け止められると、非常に意味や意義が生まれ、また、価値を見いだせない「受け手」にとっては、それらは何でも無いわけです。
1つ目の例では、ある人はこれは「地球」だ! と感じ、またある人はただの石ころと感じ。2つ目の例では「肉筆文字」と「落書き」。3つ目の例では「意思表示」と「朱い汚れ」。

アート作品にも同じことが言えると思います。興味がないひとには、現代アートはただのガラクタですし、印象派の絵画もキャンバスの上に顔料が乗っただけのモノです。しかしそこ介在する「発信者」と「受け手」の関係性や時代、価値観や嗜好などが重なったときに、「込められた想い」が「伝わる」わけです。とても奇跡的な出来事だと感じるのは私だけでしょうか?

みなさまも、こんな体験をされてみませんか?
each toneの1stプロジェクト「víz PRiZMA」では、無料説明会を定期的に行っております。是非お気軽にご参加ください。

https://www.viz-prizma.com/briefing

「víz PRiZMA」、エンディング産業展@東京ビックサイトに出展

ending_exhibition

2021.6.9(水)〜11(金)、弊社は1stプロジェクトである「víz PRiZMA」を、東京ビックサイト青海展示棟 B棟にておこなわれた『エンディング産業展』(http://ifcx.jp/)に出展。

葬儀・埋葬・供養に関する、設備・機器・サービスの集まるエンディング産業に関する専門展示会。葬祭業・墓苑・霊園管理者、寺社仏閣の宗教関係者、自治体の生活衛生関連の方々が、全国から東京ビックサイトに集いました。

バーチャル墓地サービスである、弊社本サービスの訴求・魅せ方に苦慮しましたが、サービスの柱となる、「バーチャル墓地」「コミュニティ」「プラットフォーム」を、ブランド名の『víz PRiZMA』(ハンガリー語:ウォータープリズムの意)のメタファーとして、3本の水柱と七色の光のインスタレーションとして、表現・展示しました。

プリズム写真

メディアの探求

先日、大学時代の友人夫婦が弊社に遊びに来てくれました。同じ専攻だったこともあり、思い出深かった講義『メディア環境論』の話題になったのですが、なかなか興味深いトピックであり、弊社の1stプロジェクトとも関連が深いので、今週の投稿は、下邨が「メディアとはなにか?」について採りあげます。

みなさまは「メディア」と聞いて、なにを思い浮かべるでしょうか?
新聞・雑誌・テレビ・ラジオなど、マスメディアという単語はよく耳にするかもしれません。

メディア(media)
《medium の複数形》

1. 媒体。手段。特に、新聞・雑誌・テレビ・ラジオなどの媒体。「マスメディア」「マルチメディア」
2. 記憶媒体

デジタル大辞泉/小学館 より引用

上記の引用のように、「メディア」の元々の意味は「媒体」なのです。

古くは、「石版」に刻まれた文字。洞窟の壁に描かれた「壁画」。植物性の文字の筆記媒体である「パピルス」。コンピュータの出現により、デジタルデータの特性として、「マルチメディア」という言葉がもてはやされた時代もありました。文字・音・映像などを同じ記憶媒体で記録できることが、表現の手法を大きく変えたことは記憶に新しいです。

では、アートの分野ではどうでしょう。
こと絵画作品においては、支持体と顔料がメディアだと言えるでしょう。「支持体」とは紙やキャンバスなど、絵が描かれるもの。その上に顔料などの「絵具」がのって、絵画作品として表現されるわけです。

絵画作品も、時代と共に大きくその表現方法が変容していきます。「カメラ」の発明により、絵画でしか表現できない世界を模索していった15世紀以降の作家達は、二次元という平面の絵画作品の世界を、どう拡張して表現していくかを試行錯誤し、「遠近法」や「陰影法」という奥行きを感じさせる技法。眼の仕組みを科学的な観点から再現した「点描」。多角的な目線をひとつの平面に表現した「キュビズム」。絵に動きの概念を取り入れた「未来派」。具体的なモチーフではなく、意識や無意識などの人間の心理の内面に着目した「シュールレアリスム」等々。挙げだしたらキリがありません。

弊社each toneの1stプロジェクトは、「いのち」「祈り」「時間」といったかたちのないメディアに挑戦いたします。どうぞ、ご期待ください。

「víz PRiZMA」ロゴについて

víz PRiZMAロゴ

弊社は先日、新ブランドを発表いたしました。

言葉の意味などは、先のブランドリリースの投稿で明示しましたので、今回はそのブランドロゴについて下邨が語ってみようと思います。

元となる欧文フォントは、「Optima」という特徴のあるサンセリフ体をベースにしています。このフォントはサンセリフ体でありながら、縦横の線の太さが異なり、非常に優美でありながら力強さを兼ね備えます。「víz PRiZMA」というブランドネーミングが決まった瞬間に、このフォントが相応しいなと感じました。

また、柿田・船木の意見も取り入れ、Rの斜めのラインを少しカーブさせたり、アクセントとして、“ i ”を小文字にして大きさを整えたりしています。

ブランドカラーについては、上品に、けれども意志を強く、思い切ってモノトーンとして、少しだけ黒の濃度を落としております。彩度を持たせなかったという点で、皆さまの創造の余地を残し、且つ、どの様にも変容しないという二律背反した意味を含ませました。これは“偲び”や“祈り”という行為を強く意識したものです。創造とそれらの行為は、一見、類似性が高いように見えますが、思考のベクトルが、創造では外側に、“偲び”や“祈り”では内側に向いており、相反するものなのです。後者は非常に独自性が高く、ある対象に対して、個々がそれぞれ抱く強い感情であるからです。
同じ理由から、「víz PRiZMA」はロゴタイプのみとし、ロゴマークは持たないデザインとしました。

もう少し細かく説明したい意味付けもあるのですが、サービスの詳細に触れるため、それら解禁の時に、また改めて語りたいと思っております。

5月にサービスの詳細をお知らせします。
引き続き、今後の「víz PRiZMA」をどうぞお楽しみに。

「víz PRiZMA」https://viz-prizma.com/