【ブランドリリースに向けて 1】
“限りある時間”を、より良く生きる

3月25日のブランドリリースに先駆け、1stプロジェクト「アーティストと創る、新しい“偲び”の形」について、今週から来週にかけ、全3回で語っていきたいと思います。きょうは、“限りある時間”について。

人生100年時代と言われるようになりました。昔は、ひと仕事して終わるはずだった人生が、もうひと仕事できるくらい残っている。そんな人生後半部分を、どのように生きていくのか? 健康、生きがい、仕事、お金、家族、地域、社会…。これまでの人生設計論とはひと味違った、新たな時間軸での生き方が、様々に議論される時代となるでしょう。

その一方で、私たちは、自分の人生がどこまで続くのか、実は全くわからないのです。もともと人間は、自分の死を意識しないようつくられている生き物だそうです。本当は、いつ終わるかわからない命だけれども、「自分は死なない、老いない、病気にならない」と感じる。そして時には、死という自然現象を忌み嫌い、覆い隠すように暮らします。それは、意思や意識の範疇ではなく、自然の摂理なのかも知れません。

「生を明らめ、死を明らむる」という言葉があります。「明らめる」とは、事実をあるがままに見て受け入れること。生きるとはどのようなことか、死とは何か、しっかりと意識して、いま何をすべきか考えることが大切だという教えです。死が特別なのではない。私たちは皆、“いつ死ぬかわからない生”を生きているのです。他人も、自身もまた、やがて尽きる“限りあるいのち”だと心の底から認めたとき、人はようやく、他人を受け入れ、己を活かせる出発点に立てるのではないでしょうか。

さて、あなたは、自身の“限りある時間”を感じていらっしゃいますか? 残りの時間で何をなさいますか? 

私たちの1stプロジェクトでは、終わりを見据えることで、やがて尽きるいのちを慈しみ、「“限りある時間”を、より良く生きる」ことに光をあてていこうと思っています。これまでの「終わり」の概念を超えて、私たちのプロジェクトが、あなたの人生に、もう一筋の光を届けることができればうれしいです。

3月25日のブランドリリース、どうぞご期待ください。柿田京子でした。

10年の時の経過に思う

3月11日。

港のカモメが一斉に飛び立って旋回する中、林立する高層ビルがぶつかりそうにたわみ、揺れるオフィスの中では書類や事務用品が散乱していきました。交通機関が止まり、通信が途絶え、学校にいる子供たちの安否もわからないまま、乗り捨て渋滞でごった返した深夜の国道を、自宅へ向かって歩き続けました。水道管が破裂して、ところどころ川のように水があふれる道。停電で真っ暗闇な沿道。首都圏ですら、こんな有様でした。

あれから10年が経ちました。

多くの方々が、現実の“重さ”に向き合いながら過ごした10年。復興が順調だと思われる方も、そう思われない方もいらっしゃるでしょう。10年が長かった方も、昨日のように感じられる方もあるでしょう。やるせなさ、怒り、もどかしさ、忍耐、あきらめ。絆、温かさ、助け合い、夢、希望。だれが悪いわけでもない、しかし、決して良かったわけでもない。様々な想いが交錯する中、「10年の時が流れた」という確かな事実がそこにあります。

あの頃苗木だった街路樹は、いつの間にか大きく枝を広げました。あの時生まれた“いのち”は10歳になり、子供たちは大人へと成長しました。そして私たち大人は、皆あれから10歳老いています。そう、人があがいていても、信じられないような現実が在っても、良いことにも悪いことにも全く構わず、淡々と時は進むのです。

震災直後、ガソリンの供給が滞り、車すら使えなくなった時期がありました。当時、自動車会社で電気自動車(EV)の担当をしていた私は、発売したばかりのまだ珍しかったEVをもって、被災地を駆け巡りました。蓄電池にもなりうるEVの大いなる可能性を感じながら、目の前の方々の支援という意味では、大したことはできなかったように思います。そのEVも、今では車の未来を変えるほどの存在に成長しました。

私たちは何をすれば良かったのか? これから何をすれば良いのか? おそらく、答えなどなかったし、これからも見つからないでしょう。ただ一生懸命、日々を積み重ねてきたという実感があるだけ。

やがて尽きるであろう自らの“限りあるいのち”を燃やしながら、どうしたら良いのか、気の利いた答えがなかなか見えない毎日に、それでも愚直に歩みを進めていくしかない日々を、何とも愛おしく思うのです。積み重ねた一生懸命の、ほんの一部が、どこかでだれかの光になっていればうれしいなと、かすかな願いを込めながら。

執筆は、柿田京子でした。

スティーブ・ジョブズの”Connecting the Dots”

こんにちは。柿田京子です。先週のフォントの話を続けます。

最初に、下邨の問い「漫画に複数のフォントが使われるのはなぜ?」の答え。

ひとつは、読みやすさ。出版の活字は明朝体が一般的ですが、週刊漫画誌のように紙質が悪いと明朝の細い横棒が見えにくい。そこで、横棒使いの多い漢字にはゴシック、平仮名は明朝と、混合字体が定着していったそうです。

もうひとつは、ズバリ、漫画の世界観を効果的に表現するためです。その時々のストーリー状況を的確に表すために、ナレーションと感情的な叫びでは、フォントが変わります。紙面に刷る時の読みやすさも考慮しながら、漫画の世界観を伝え、読者の没入感を高めるために、漫画ではフォントが複数使われます。

漫画は、文字(フォント)選びも含めての藝術なのですね。

パソコンにフォントを採り入れたのは、皆さんよくご存じのアップルの創始者、スティーブ・ジョブズです。

スティーブは大学に入学するも、退屈な必修授業を前に、学ぶ意義と高額の学費に悩んで中退。行き場のないキャンパスを18ヶ月余り放浪しながら、心惹かれたカリグラフィー(レタリング)の授業に潜り込み、あてもなくその手法を習得します。

そして10年後、初代マッキントッシュ・コンピュータを世に出そうとした時、突如この経験を思い出し、コンピュータにフォントを採りこむことを思いつくのです。

スティーブは語ります。

人は、将来を見据えながら点を結ぶことはできない。私たちにできるのは、振り返って点を結ぶことだけ。いま手掛けている、心惹かれるひとつひとつが、将来何らかの形でつながると信じて、やり続けるしかないと。そのために、自分の勇気であれ、運命であれ、何であれ、何かを信じてやり続ける。自分の心に従うことに自信を持ち、それがたとえ一般的な方法から外れようとも、やり続けることの意義を、スティーブはその生涯をもって教えてくれたのだと思います。

点を結ぶ話は、スティーブが2005年、スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチの一節です。折に触れ、このスピーチを聞き返しながら、現在のeach toneの歩みもまた、未来へつながる点のひとつであることを信じて、一歩一歩進んでいきたい思います。

“いのちの終わり”をテーマに

「each toneは何をするのか?」「ホームページに事業概要がない!?」と思われたみなさま、ご安心ください。each toneでは、最初の作品を夏に公開すべく、ただいま準備中です。「~藝術の力を社会へ~」を企業理念に、アートプロジェクトの形で順次事業を立ち上げ、20年後には多様な業態を併せ持つコングロマリットへの進化を目指すeach tone。私たちが最初にスポットを当てるのは、“いのちの終わり”です。

先行きの不透明なこの世の中で、ひとつ確実に言えることは、「いのちは必ず終わる」ということ。いまどんなに元気でも、財力や地位があっても、いのちはやがて必ず最期の時を迎えます。さほど遠くない将来、そう、100年も経てば、私たちはきれいに代替わりして、地球上からなくなります。たとえ、いまと似た景色が拡がっていたとしても、そこはもう、まったく違ういのちが生きる世界になるのです。
これが、すべてのいのちが経験する、残酷にも確かな事実である以上、より良く生きるために、この終着点に向けてなんらかの準備をしておくことは、合理的な発想と言えるでしょう。

失われたいのちはどうなるのか? 願いや思いは、いのちが失われた後も続くのか? 後世の人々は、いまを振り返ってくれるのか? 自分が生きた証はどのように残るのか?
遠い未来を思う時、そして振り返って、自分が遠い過去から受け継いできたものを思う時、あなたは何を思い浮かべますか? 残された時間でしたいこと・しなければならないこと、少なくとも“してはいけないこと”が、ぼんやりと見えてくるのかも知れません。

この夏、each toneは「新しい弔いの形」を、作品として世に問いたいと思っています。私たちのアイデアが、みなさまにとって、心躍る・心温まる発想であることを願って。アーティストが描く「生と死の世界」に、どうぞご期待ください。

本日のエッセイ担当は、柿田京子でした。

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