Artists Interview #9

想定外の余白を楽しむ―モノづくりと医療を重ね合わせたその先

塚田 尚子(つかだ なおこ)さん
看護師

Profile

多摩美術大学でガラス工芸を専攻。制作活動等を行う。
その後、看護師資格を取得。ケアの中でアートセラピーを採り入れる。
現在は、クリニックに勤務しながら、アートワークとアートワークセッション(アートセラピー)を軸とした、新たな活動を模索中。東京藝術大学DOORプロジェクト3期修了。

塚田さんと弊社・高橋
左から、塚田尚子さんと弊社・高橋若余

モノづくりと医療が原風景だった子ども時代

――塚田さんは美大のご出身ですね。なぜアートに進まれたのですか?

そうですね。子どものころから、作ることが好きだったのが根本にあると思います。
父が歯科技工士でした。石膏で型どりしたり、削ったり。そうしてできたものが届けられる先が、医療機関でした。父と一緒に歯科クリニックへ届けに行き、白衣を着た看護師さんに遊んでもらった記憶があります。
そして家に帰ってくると、そこは石膏の粉が舞う作業場。私の遊び道具は石膏でした。モノづくりと医療の両方にかかわる生活は、私にとって日常だったのです。

大学の進学も、実は、医療か美術かで迷いました。
高校の美術の先生がおもしろい方で、美術室通い。そこで絵を描いていた美大志望の生徒と、「えっ、美大行くの?」「絶対面白いと思うんだ」と進路の話をするようになりました。友人と進路について深く話す機会もなかったので、この体験はひとつのきっかけになります。
美術予備校に通い、そこの先生が多摩美術大学でガラスを専攻する学生さんだったのです。その後、私も入学して、ガラスを専攻しました。出会った人たちに導かれた感じがします。

――ガラスの魅力とはなんでしょう?

ガラスは1000度以上の高温で溶けているんです。こういう形が作りたいというイメージを持って作り始めても、必ずそれを裏切る現象が起こります。高温で溶けている時はオレンジ色ですが、できあがった時にあんなにも光を映すものになっている。その変化が素敵だなと思います。

結果が想定外なのです。技術のある人は意図した形に創れると思うのですが、学生に技術はないですから。それでもガラスには「こんなになっちゃったけれど、美しい」と思わせるものがあります。

吹きガラスでは、鉄の竿にガラスをぐうっと巻きつけていきます。この竿をちゃんとまわしていないと、ガラスはだらんと溶けて落ちてしまいます。まわしていけば形になっていく。冷えると硬くなるものが、なんてしなやかで柔らかいんだろうと。その質感に感動を覚えます。熱い中での柔らかさと、冷えて硬くなった時の透明感…。感覚、感性を刺激されます。

温度や光、柔らかさを、いろいろな身体感覚を使って体験したものが、最後にひとつの形になる。五感が総動員されるというか。私自身は、型を作って溶かし込む方法をよく用います。鋳造(キャスティング)です。暑さや粘土、石膏まみれの作業なので汗もかくし必死ですが、その中で出てきたものが、なんて美しいんだろうと。

――冒頭のお話、子どもの頃、石膏の型で遊んでいたというお話を思い出します。

そうですね。型に流し込むので、吹きガラスより形を取りやすくなります。でも、この鋳造で作るガラスにも、想定外の余白の部分があり、電気炉の温度調節等で透け感や色が変わります。私はここが好きなんだと思います。

想定外の余白は、医療・ケアの現場にもあると感じています。何が起こるのか、それをどうとらえるのか、興味が尽きません。この感覚は、今後もずっと大切に持ち続けていたいですね。

モノづくりと看護には似たところがある

モノづくりは、心象風景や抽象的なアイデアを具体的な形にしていく過程ですが、看護の考え方も似ていると感じます。

作品制作では、まずモチーフをよく観察したり、何を見て何を感じたのかを見つけます。そしてアイデアを練り上げ、実際の作品作りの手順にどう反映させればよいか考えていきます。看護のなかで生まれるのはモノではありませんが、医療者を含めた皆が「こうなりたい・こうありたい」を目指すときと私の中では、よく似ています。もちろん、「こうなりたい・こうありたい」は医療者の考えだけ決めるのではなく、患者さんの希望を主とした相互作用です。

たとえば、病気がよくなり退院することが、その方の希望とします。その希望に添えるように、お手伝いをしていきますが、そうならないこともあります。望むように元気にならなかったということも多々あります。
病気が治るという、着地はそこではなかったけれど、お互いに思いもよらなかったことや、新しい発見があったよね、としていきたい。病気や障がいと向き合うなかで、離れて暮らしていたご家族と再び交流を持ち、一緒に治療のこと、日々のことを考えていけるようになるというような。

私の中での医療・看護とは、最善を目指しつつ、かつ想定外の余白ありきで動く感覚です。余白、つまり思ったようにならなかった場合でも、その状況を少しでも楽しみながら柔らかく豊かに人生を歩むことができる。そこを一緒に見つけるプロセスがおもしろいし、大事にしたい。生まれてきた余白を肯定的に捉えて楽しもうとする。その姿勢は、モノづくりと似ています。そのような感覚を持っているので、どちらかというと問題を解決すること、最善を創り出すことを意識しがちな専門職とは、違う見方のこともあるかもしれません。

ベストは尽くします。ただ、患者さんの中には、病と付き合っていくことが日常の場合もある。お薬を飲めば元気になる。病のない状態が健康である。それも間違いではありませんが、飛躍的な病状の改善に向かいにくい病を抱えながら、幸せに生きていく日常もあるのです。

――完璧に治って、病がない状態以外は健康といえない。そうではなくて、想定外の結果になった時の現実も認めて受け入れる。自分のものとして大切にするということですね。

そうですね。健康とか幸せって、「なる」というより「感じる」というものだと思うので、その人がそう感じられたらということが大事かなと。そのためにも当初の望みとは違ってしまった結果もまるごと受け止める力、柔軟性、寄り添う深さが求められる気がします。現実に向き合う患者さんの見方、支える方々の見え方が、肯定的というか、「これもいいよね」となるよう寄り添う。見る人によって見え方は違いますし、ひとりとして同じ人はいないですから。奥深いです。

アートセラピーをはじめて、医療の先を探りたくなった

大学卒業後しばらくは、コツコツ作品を作って発表することを続けました。
ある日、ちょうど介護保険が始まるころでした。高齢者福祉施設をやっている知り合いから「とにかく人手が足りないから手伝って」と誘われ、その施設に行くことになりました。
お習字や絵の手伝いもさせてもらったのが、アートセラピー的なものに関わった最初です。その施設でお会いした看護師さんに「資格があればもっと色々な所で活動できるわよ」と、看護師という仕事をさまざま話してくださいました。

その後看護師になりました。数年間、血液内科に勤務する中で、精神面のことも看られるようになりたいという思いから修士課程に行きました。そこで会った教授に、これまでの経歴をじっくりヒアリングされて、「アートセラピーをやってみては」と勧められたのです。
精神科の病棟に通い、治療にアートセラピーを採り入れる研究をしました。これまで病室から出てこない、起き上がれないと思っていた人が、自ら参加してきたり。想定外の余白の部分をたくさん体験しました。

精神科に勤務して、すでに10年近く経ちます。医療者としてかかわりながら、医療以外のアプローチも探っています。健康は日常生活に根差しています。医療以外の領域から深く寄り添うことで、より違う変化を見られるのではないかと思っています。

――アートセラピーというのは、具体的にどのようなものですか?

最初に関わったのは慢性期の病棟で、入院期間が数十年にもなる患者さんがいらっしゃいました。いきなり絵を描くような内容は難しいと考えて、写真等をコラージュしました。

専門書を読むと病理が画面や動作に出るとあります。けれども、そんなことよりもまず、参加者が自室から出てくるという事実をつくる。出てくるということは、活動そのものが楽しいということなのだと発見しました。

紙のサイズが大きいと捉えどころがなく、不安になりやすいと言われているので、始めは小さいサイズから。最終的に模造紙のサイズを用意して7、8人くらいでやりました。70代80代の方たちだったのですが、みなさん手を動かして、一緒に活動できました。アート的な作業には、心躍るような童心に帰るような力がある。普段見えなかった笑顔や動き、言葉に、それってスゴイのかもしれないと感じました。
アートセラピー(芸術療法)という名称を使っていましたが、この活動に取り組むうちに、もうちょっと… 医療という枠組みを超えて、これが活用できるのではないかと思うようになりました。

――私たちが、医療に対して頼りすぎている部分はあるのかもしれないですね。過度な期待というか。

ええ。それは全然おかしいことではなくて、手術で患部を取り除くというのは医師しかできない。医療でしかできないことはたくさんあります。それでも、医療がすべてではないと。
私は、患者さんから「ありがとうございました」と言われることに違和感があって、いつも「それはあなたががんばったこと、あなた自身の力なのですよ」と思います。

医療の現場では医師が患者に病気の診断を下すなど役割があり、どうしてもそれに紐づく関係性ができてしまいます。そういう既存の役割を、一旦離れてみないと、新しい価値を柔軟に織り込むことが難しいような気がしています。

人の生命力に働きかけることを最も大切にしたい

医療やケアに対して期待を抱くのは当然のことです。体調を崩せば、心に余裕もなくなりますし、どこか専門家に頼りたい気持ちは当然生まれます。もちろん早期の発見で身体の健康を取り戻せるのも事実です。

ただ、医療と言うのは薬や手術という方法があって、苦しみから救ってくれそうだけれど、実は幻想なのでは?と思ってしまうこともあったり。決して万能ではない。自分を取り戻すのはやはりその人自身で、専門職は治す人なのではなく、寄り添う人なのではないかと思うのです。

もし「温かさをもって寄り添う」ことを第一義とするならば、医療は、医療の専門職だけではなく、もっと多くのものを巻き込めるのではないか。楽しいとかワクワクするとか、そういう人の生命力に働きかけるものがあれば、それをもっと取り込んで、現在の医療やケアの概念を自由におもしろく変化させていくことが大切なのかも知れないと考える昨今です。

――これから挑戦したいことはありますか?

医療の世界でやってきて、専門職の概念を超えるという気づきを得て、これからどうしようか、考えています。医療や看護の世界から一度離れてもいいんじゃないか、なんて思い始めたんですよ。

――定まっていないけれどブレていないというか。お話を聞いていると、さまざまな経験を経て、ここに来るために旅をしてきたように感じました。世の中にある職業に自分をあてはめていく必要はないのかもしれないですね。

医療機関にいながらアートセラピーを続ければいいじゃないかという意見もあるかと思います。それではやはり、役割ができたり、形が決まってしまう世界に埋没するような気がします。

「セラピー」は「治療」という意味なので「治る」イメージが先行する感があります。
「セラピー」という言葉を使わずにできないか。「アートワークセッション」という名称など、どうかなと活動を考えたりしています。対話とアートの手法を用いて、一緒に活動するという感覚でやりたい。治してもらうのを待つのではなく、心躍るものに自ら触れていく力を、一緒に呼び覚ましていく感じでしょうか。
私もまだモヤモヤしています。でも、アートとケアを重ねて、その先を創ることができたらという方向に思考が動いている感じです。

インタビュー後記

2011年にオランダの医師マフトルド・ヒューバー氏は、健康についての新しい概念「ポジティヴヘルス」を提唱しました。健康を疾病の有無ではなく、身体的、精神的、社会的な環境の変化や問題に適応し、自分で管理できる「能力」としたものです。病気や障がいがあっても、楽しみや生きがいを見出だし、前向きに生きていける。それを健康とする考え方です。
塚田さんは、看護の専門職としての役割を全うしてきたからこそ、健康は必ずしも医療だけの領分ではない。あらゆる環境がそこに影響しあっているとの問題意識を持って来られたのだろうと想像します。
人の生命力に働きかけ、楽しさやワクワクする気持ちの創出に、ずっと寄り添い続けている方なのだと感じました。その探求心の行く先を、一緒に見てみたい。そう思わずにいられませんでした。

取材・記事:高橋若余
写真:柿田京子