Artists Interview #1

素直に生きられる村・社会を、自ら創り、自ら選ぶ

竹沢 徳剛(たけざわ のりたか)さん
株式会社TAKE-Z 代表取締役 / RYOZAN PARK 代表

Profile

大学卒業後、渡米。ワシントンD.Cの大学院で国際政治を学んだ後、現地日本人向けのニュースを扱う新聞社の記者として働く。東日本大震災発生時にアメリカから支援活動を行ったことをきっかけに日本に戻り、株式会社を設立。地元・巣鴨で、不動産業を営む両親が保有するオフィスビルを改装し、シェアハウス「RYOZAN PARK」(リョウザンパーク)をオープンさせた。以後、シェアオフィス、英語プリスクールの運営管理、イベントの企画運営などへと事業展開している。

船木理恵のインタビュー、執筆でお送りします。

インタビューお一人目は、竹沢 徳剛さん。竹沢さんは、私たちeach toneがお世話になっているシェアオフィス、RYOZAN PARKの代表です。江戸時代からの歴史に育まれた東京は巣鴨・大塚の地で、現代に息づく“コミュニティ”を創りこみ、「村」と称して、その在り方を模索されています。

過渡期のゆらぎの中、「新しいコミュニティ」の在り方を模索する社会実験

船木:竹沢さんにとって「村」とは? そのコンセプトや、「村づくり」のきっかけについて、お聞かせください。

竹沢:では少し、アカデミックな話から。近代以前と近代、いわゆる産業革命前後で、国や国家・市場・個人の関係は変わりました。近代以前は「家族」をベースにした「村社会的コミュニティ」。国家の概念は弱く、市場規模も小さかった。人権の概念も未発達で個人の立場が弱く、それをサポートしていたのが村や家族でした。近代以降、国を繁栄させるため、また他国の侵略を防ぐため、国民国家が強くならざるを得ませんでした。市場主義・資本主義社会となり、国家は個人の人権を強めることでコミュニティから切り離し、労働力や兵力としてコントロールするようになりました。*
(* 編集者注:イスラエルの学者 ユヴァル・ノア・ハラリ著 『サピエンス全史』より)

今は、行き過ぎた資本主義が形を変えている過渡期。家族やコミュニティが弱く、希薄になり過ぎてしまった気がします。一方で、国だけに頼るのも難しいと、東日本大震災やコロナ禍で痛感しているところです。

自身の根本に、「望む生活は自分たちの手で」との想いがあります。間(はざま)とゆらぎの時代に即した「新しいコミュニティ」を創ってみたいと。答えがあるわけじゃない。模索しながらの、社会実験としての「村づくり」なんです。

答えのない挑戦、想定をはるかに超えた偶発性が、ひたすら楽しい

船木:模索しながらの村づくり。模索が難しいと感じることはありませんか?

竹沢:答えがない中での挑戦は、むしろ楽しいです。もどかしさもありますが、驚くような”偶発的なこと”がどんどん起こります。コントロールショットではないところが面白い! たとえば、シェアハウス内で20組以上が結婚して、子供も20人以上生まれて、とかね。

船木:村のメンバーは、竹沢さん自身が積極的に声かけして集めていらっしゃいますよね。

竹沢:シェアハウスをはじめとする「村」には、”80歳まで酒を酌み交わしたい”と思える仲間たちに入ってもらっています。入ってもらいたいと思うポイントは、言葉ではなかなか表すのが難しい。学歴や経歴、稼ぎ、国籍でもない。まさに「恋愛」と同じですね。理屈じゃない! あえていうなら、”ニオイ”かな。長期間関係性を続けたいと思っているので、無理しないで自然体でいることができないと。メンバー集めは、ある意味、自分のわがまま、強烈な「フィルター」です。 

ギブ(give)し合う関係から生まれる創造性、メンバーと創る偶発の結果としての「村」

船木:竹沢さんの「村」の特徴は?

竹沢:気軽に紹介し合い、多くの出会いがある場。お互いが「持ち寄り」「ギブ(give)」し合う関係で、それが実にクリエイティブ。今度はどんな風に喜んでもらおうかという工夫が、次から次へ、クリエイティブにつながっていきます。

自分は、企業や軍団を作りたいわけではなくて、「村」というコミュニティで表現したい。企業や軍団であれば昇進する、戦うといった目的や、ピラミッド的な組織があるかもしれないけれど、「村」はもっとホワっとしていて。老若男女、ハンディキャップを持つ人、動物も、呑んだくれの人も、色々な人たちがいる。その多様な人たちそれぞれに居場所があり、お互いギブし合える関係性があるのがいいと思うんです。「自己表現に寛容である」ところもポイントだと思っています。違いを「いいね」と言ってくれるコミュニティがあれば、人が生きづらさを感じずに、自分らしく生きていけることにつながる。

船木:メンバーの関係性から、想定外の創発が生まれる「村」なのですね。

竹沢:そんな感じかも知れません。人は美しいものからエネルギーを得るとテンションが上がります。自分が村に様々なアート作品を持ち込んでいるのもそのためです。みんなが美しいものに触発されて、様々なエネルギーを生み出してくれれば良いな、と。

以前、アートギャラリーの方が、参加者たちと一緒に作る、偶発性の集合体としての現代アート作品の話をしていて。「君がやっているのはそれに近い」と。そんな風に言ってもらえると、ちょっとうれしいですね。 

「自己再生のコミュニティ」を自ら創り出し、自ら選ぶ時代

 

竹沢:リンダ・グラットン著の”WORK SHIFT”に「自己再生のコミュニティ」という言葉があります。これは「安らぎを与えてくれる人間関係」を指しますが、彼女はこう言っています。

重要なのは”自分で選択して人間関係を築く”ということ。この種の温かい人間関係が当たり前のように手に入る時代は終わってしまって、意識的に自己再生のコミュニティを築いていく必要性が増す。

まさに、その通りだと思うんです。

自分が求めるコミュニティを自ら創る、どのようなコミュニティに属するかを自ら選ぶという考えです。昔は生まれた村でずっと生きていくと決まっていたかもしれないけれど、今は自分でチョイスできるじゃないですか。自分でコミュニティを選択していける。そういう風に動ける人たちが、多く存在する社会になっていくといいと思います。人々がそうやって能動的に動く気持ちになれるよう、「いいね」や「失敗してもいいよ」を受け入れるコミュニティや社会が、どんどん増えていけばいいなと思います。

「素直に生きられる社会」を目指して

竹沢:「自分の心のままに生きること」が、自然に受け入れられる世の中になるといいですね。子供を見ればわかるとおり、人はもともと、心のままに動くんです。それが、生きていく中で社会化していく。社会に染まっていく。

船木:その社会自体が、仮に、「染まり甲斐があるもの」であれば、楽しいですよね。

竹沢:まさに、それが、自分たちの村の理想の一つかもしれません。素直に生きている人たちがいっぱいいる社会だったら、子供たちも素直に生きることができます。足を引っ張らない、嫉妬をしないということも大切です。やりたいことを皆がやっていて、「それ、いいね」と素直に言える人たちが集っているということ。そこが目指すところだと、常に思っています。

そして、できないこと、自分の弱いところも、素直に出した方がいいと思うんです。「ここはできないから、やって」と。「その代わり、これやるからさ」と。補い合いながら、生きていけばいいんです。

船木:現在構想中の、大塚の「新プロジェクト」の展望はいかがですか?

竹沢:構想初期から建築事務所、デザイナーを中心にプロジェクトを組み、住人候補、地域の人、友人にもブレインストーミングに入ってもらいながら、形にしているところです。今まであった“居住空間の常識”も一度白紙にして改めて問い直し、「村的コミュニティを伴った新たな居住空間」の実現に向け、引き続き新しいチャレンジをしていきたいと思います。

インタビュー後記

竹沢さんの選ぶ美しいアート作品に囲まれて、エネルギーをもらう。そこにギブを持ち寄り、村のメンバーたちが集う。その空間や関係性から、クリエイティビティや素敵な偶発が生まれる瞬間は、まさにアートの創作に通ずるものがあると思いました。”素直に生きることのできる社会”へと繋げていく新しいチャレンジも楽しみに、またお話をうかがいたいです。

写真撮影:髙橋 若余
撮影場所:RYOZAN PARK