Artists Interview #10

アート思考で未来を見つめる

柴田雄一郎(しばた ゆういちろう)さん
一般社団法人 i-ba 代表理事

Profile

トヨタ自動車、ソフトバンク、ゼンリン他の新規事業立ち上げのクリエイティブ・マネージャーを歴任。経産省・内閣府が運用するビッグデータ可視化システム「地域経済分析システム(RESAS)」のクリエイティブ・マネージャーを担当。
現在は、社員の自立、新規事業のアイデア創発、エンゲージメントなどアート×デザイン思考を軸にしたコンサルティングや行動変容を推進する社員研修・セミナーを開催している。 アート&デザイン思考セミナー講師としてUdemy、ストリートアカデミーで年間延べ2,000人以上が受講。 企業研修実績は、グッドパッチ、大塚製薬、ロレアルジャパン、日本通運、アルケア、日本会計士協会、他で登壇。

注:基本的には、柴田さんのお話をそのまま掲載していますが、一部、編集部で咀嚼し、要約・解説を加えています。

柴田さんと弊社高橋の写真

アート思考とは

——「アート思考」と言えば、柴田さんですね。Udemyなどの講座でも有名です。
each toneも「藝術の力を社会へ」という理念を掲げて、“アート思考で社会課題に寄り添う事業”を行っていますので、きょうは柴田さんのお話をうかがえるのを楽しみにしていました。
まずは、アート思考とは何か、柴田さんのお考えを教えていただけますか?

アート思考は、新しい答えを生み出そうとする力。アウフヘーベン。二項対立でない「今までにない第三の答え」というべきでしょう。アーティストが、作品を制作するときに使う思考法です。

私たちは、長年の積み重ねで、論理的に正解を導く思考を鍛えてきました。しかし現実には、論理的に証明できないことが多々起こる。論理の先に、道が拓かれないこともある。ですから時には、その思考の仕方自体を疑ってみるとよいのです。「こういう時には、こう考えるものだよね」という常識から離れて、ありえないような選択肢もありうるかも知れないと、ちょっと真面目に考えてみる。正解を導きたくなってしまう論理思考に、閉じこもらない。
「本質とは何か」を問い続けた結果、自分の中にある「価値」に気づく。それを表に出したら、その思いがけない選択肢に、共感したり、評価したりする人が出てくる。共感するひとりひとりに、それは意味のあるものだったのですね。この連鎖が、新しい価値を広めていきます。

アート思考は、インクルーシブな(誰も排除しない)解決策を導き出す考え方です。優劣や長短をつけるのではなく、すべてを認めて含み入れた上での総体としての答えを探る。少し以前は、ダイバーシティ(多様性)が話題でしたが、時代は、ダイバーシティから、インクルージョンに流れています。SDGsもそうです。
ITを駆使したコロナ対策で世界の注目を浴びた、台湾のオードリー・タン デジタル担当大臣は、国策において、見事にインクルーシブの概念を採り入れていますね。単なるダイバーシティ、つまり利害関係者に多様性を持たせるだけではなく、意思決定に彼らのアイデアを包摂することが真のインクルージョンになる。これを台湾の数々の国策を通じて、実践してみせた人です。

柴田さん写真

アート思考とデザイン思考の違い

——「デザイン思考」という言葉もよく見かけますが、「アート思考」と並んで、違いはどのようなところでしょう?

いずれも潜在意識を扱いますが、他者の意識を汲み取るのが「デザイン思考」、自身の意識にフォーカスするのが「アート思考」でしょう。デザイン思考は他者のニーズに応えて課題を解決していきます。一方、自分の信念で貫き通すのがアート思考です。デザイン思考には際限がありませんが、アート思考はそれしかやらない、という差があります。

お客様ニーズを突き詰めていくことには際限がない。そこにデザイン思考の限界があります。だからこそ、本質を失わないためには、パーパス(目的)を明確にすることが重要です。

たとえば、冷蔵庫の本質は何でしょう? そう、冷やすことですね。1950年代、冷蔵庫が家電三種の神器と呼ばれた頃、ドアはひとつでした。その後、どんどん性能が増えて2ドアが3ドアになり… マルチドアになっていった。お客様のニーズに応え続けると、どんどん拡張していく。冷蔵庫の基本は冷やせばいいということなのにもかかわらずです。
スマホ以前の携帯電話は、毎シーズンごとに実に様々な商品が展開されていました。画面が大きくてスライドできるとか、写真が撮れるとか。そうするとやがて飽和して、各社比較しても差がほとんどなくなっていく。こうして、デザイン思考に基づく商品開発では、あらゆる商品はコモディティ化する運命にあります。

価値観は人それぞれ多様ですから、お客様の色々なニーズを拾ってサービスを広げてしまうと、何のための商品なのかが分かりにくくなる。
特にデジタル領域のサービスの場合は、技術的にやろうとすればプログラミングで大抵のことは実装できてしまうので、初期の段階ではサービスとして提供できることを絞って、それが響く人向けに始めていく。そこで切り開いた領域を広げていくようにしないと、混乱して本質を失っていきます。
「これしかできないのだ」というパーパスを徹底的に考えて、それを太くする。コンセプト、思想というのは、どこまででも広げていけますが、提供できる商品はひとつしかないのです。
どのような人にフォーカスして販売しているかを明確にしなければ、コンセプトは薄まってしまうでしょう。

たとえば、規格外野菜が廃棄されているのをもったいないと思った人が、廃棄野菜を減らすためにレストランをつくる。メニューは、野菜炒めだけ。ここで、「ニラレバが欲しい」とか、「肉も食べたい」「スープもつけて」というお客様の声を受け入れて、ニラレバ、餃子、中華スープ… とメニューを増やしていったら、普通の中華料理店になってしまう。これでは当初の目的を失ってしまいます。廃棄野菜を減らすための、野菜料理オンリーのレストラン。ここを貫き通し、それに価値を求めるお客様を集めることが大切。肉が食べたければ、他の場所で食べればよいのです。

御社の「víz PRiZMA」も、アート思考的なサービスだと思います。大切な人を思い出すときに浮かべるのは、眼差しだととらえ、そこから「虹彩」由来のデジタルアートを打ち出していますね。この、自己の内なる視点から出てきたものに、僕なども、「確かにそうだ」と共感するわけです。骨じゃない。指紋とか髪の毛とかでもない。眼は、外の世界を捉えるゲートウェイであり、自身の内なる世界を外へ伝えるゲートでもある。その世界観を、全力で貫き通してほしいですね。万人受けを狙うのではなく、その世界観に魅かれる人たちを、少しずつ集めていくことが大切なのではないでしょうか?それが、コモディティ化しないサービスにつながるのだと思います。

いま、ビジネスシーンにアート思考が求められている

——柴田さんは、事業会社の方々に向けた講演やセミナーを多く手掛けていらっしゃるようですが、ビジネスとアート思考の関わりについて、どのようにお考えでしょうか?

僕自身はアーティストなのです。トランペットも吹きます。でも、最近は、講演の仕事が多いですね。それだけアート思考が注目され、活用したいと思う方々が増えてきたということでしょう。

アート思考とロジカル思考を繋げるためには、両方の言語を持っていないといけない。
私は幸い、アート思考的な要素を持ちつつ、ロジカルに説明したり論理的に解釈することもでき、その場の解をどこに設定するかバランスをみながら決めていけます。そのような能力を授かったので、アート思考・デザイン思考・ロジカル思考の橋渡しするのが役目だと考えています。ビジネスやテクノロジー分野の方々は、ロジカル志向に埋没しており、デザイン思考やアート思考を汲み取れないことが多いのです。一方で、アーティストの方は、ロジカル志向に基づくビジネスの発想に疎かったりする。
アート思考の人をどのように外部と繋げて共感を集めていくか。何を考えているか引き出して、そこの通訳となって、この発想は面白い、イノベーションを起こす芽はこういうところにあるのだと、まわりに伝えることが私の役割です。

いま、アート思考の講座にやってくるのは、「アート思考の人をビジネスにどう受け入れればよいか」を一所懸命考えている人たち。そしてアート思考を理解はしているけれど、社内でアート思考を上手く活用できていない、アート思考の得意な人を活かせていないと悩む人が来ます。そもそも、アート思考的する人を扱いづらいと考えて排除にまわる人たちは来ませんが、可能性を見出そうとしている人たちと同時に、排除にまわる人たちも含めて、乖離を埋めていくことが不可欠だと思います。あの人の考えていることは、ちょっと分かりにくいけれど面白いよね。でも、そのような人が、伸び伸びと活躍できる状態でなければ、イノベーションは起こらないよねと。

アート思考を取り入れた組織作り

——ビジネス組織でアート思考を活用する秘訣は何でしょう?

組織の中で、アート思考を持つ人を活かすには、ベースとしての「タレンティズム」、人の才能を活かすことへの信念が、共通認識として付いている必要があります。「人材」には材料と同じ字が使われていますが人はモノではない。「人才」となるべきです。それが達成されると、次の段階では「人在」となる。どのような人であっても、まず人としての存在を認める。人を「役割」としてとらえるのではなく、家族や友人のいる、温かい血の通った「存在」ととらえる。ダイバーシティ、インクルージョンです。

その上で、必須要素が2つあります。ひとつは「心理的安全性」、ふたつ目は「エンゲージメント」。
「心理的安全性」が担保されると、会社の中で自分の内面を発露でき、発言力のある人以外も発言しやすい環境になります。「なかなか言いたいことが言えない」「言うべきでない」「言いたいことを言うのは、組織人として未熟で失格」という考え方が、往々にして存在しますが、それで皆が口はばかるようになってしまう組織では、エンゲージメントは生まれません。
「エンゲージメント」は、社員が会社に共感し、その目標や戦略を理解し、自身の能力を自発的にフルに発揮する貢献意欲のことです。その会社の一員である実感、その会社に存在している喜びを感じ、信頼の絆で結ばれた仲間と共に頑張ろうという高揚感のある意識。
「心理的安全性」と「エンゲージメント」。この2つが両方揃って、アート思考ができる人在が活かされることになります。

Z世代以降は、アート思考が主流になるでしょう。アート思考は、自立と創造の産物です。「私はこれが好き」というのは、自立していないと言えない。そこには、自らに対する肯定感があります。一方で、意見が食い違う人に、自分の意見を伝えていくにはエビデンスも必要です。どのようなエビデンスを選び、どのようなストーリーで身にまとうのか。創造性が求められますね。

柴田さん写真

クリエイティブな可能性に満ちた時代

——今後のご活動について、どのような展望をお持ちですか?

僕自身は、しばらくはアート思考を語り続けたいと思います。使命感もありますし、まさに布教活動。
衰退社会の幸福論ではありませんが、日本の人口が減少する、税収減で行政から予算がつかなくなる、公共サービスがストップする、などということが、現実味を帯びてきました。「トランジション・タウン」*と呼ばれる運動が拡がっていますが、自立分散型の町を運営しながら、余った時間はクリエイティブなことに使うという生活も、間もなく流行るかも知れません。

víz PRiZMAは、普通の人の普通の一生もデータとして遺すことで生きた証になる。それが繋がって文明になっていく。ネットワーク上に人類の文化が遺され、継承される時代の先駆けとなるでしょう。
いま、ぼくは、ツイッターのbotに、本人に成り変わって毎日ツイートしてもらっているのですが、内容はまさに自分らしいもの。もし自分が他界しても、このロボットがつぶやき続ければ、他人から見れば、ぼくは死んでいないのです。人類は長年、死を超越することを望んできましたが、テクノロジーに支えられた情報が、人間の生死の概念を変えていく時代が到来しています。

*トランジション・タウン:持続可能な社会を創るための、地域ぐるみでの市民活動。コミュニティの絆を深めながら、人々が協力し合うことで、地球的課題に柔軟に対応していくことを目指す。2005年、イギリスで始まり、世界各地に活動の輪が拡がっている。

インタビュー後記

本質から離れないためには、目的を明確化する。一言で核心を言い表す言葉を描くことが必要だと伺いました。
たしかに、ひとつの商品を販売する際に、どんなに良いオプション機能をつけられるか説明しても、それは他でもできること。なぜこれを買わなければならないかの根拠にはならない。そこだけでは心を動かすことができません。
本当に知りたいのは機能の背景にある価値観ですよね。価値観に共感するから手に取ってみようと意欲が起こる。
アート思考は人の心を共感させ動かす力にもなるのだと思いました。

取材・記事:高橋若余
写真:柿田京子

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