Artists Interview #5

等身大のあがきの先にみつけたもの — アートで自らを知り、考える楽しさを知った

小泉 文(こいずみ あや)さん
STUDIO・45 代表

PROFILE

医療現場にもアートを取り入れた活動をしたいと、埼玉県立小児医療センターのボランティアのかたわら東京藝術大学DOORプロジェクトでアートと福祉を学ぶ。
昨年の秋には、DOORの仲間たちと「さいたま国際芸術祭2020」一般公募枠にて企画展を開催した。
「さいたま国際芸術祭2020」の先行企画として行われたワークショップ「CIRCULATION SAITAMA」を通し「おたがいさま」の関係性を広める活動団体「さいたまde海賊」を立ち上げた。
また、全国各地のまちを編集するプロフェッショナルが集まるオンラインコミュニティ「EDIT LOCAL LABORATORY」でも活動中。
今秋には、地元のさいたま市で父親が運営していた写真撮影スタジオを活用し、写真撮影のレンタルスペースと地域のコミュニティスペース「STUDIO・45」をオープン予定。

小泉文さん写真
STUDIO45入り口
今回は埼玉県さいたま市のJR浦和駅西口から歩いて15分のSTUDIO・45でお話を伺いました。

アートは避けてきたけれど…自らの体験に誘われて

――アートと関わる生活が始まったきっかけは何ですか?

きっかけは父でした。6年前に亡くなったのですが、入退院を繰り返す父の姿に「病院という場所が父にとって最期の場所になってしまうのかな」という気持ちになっていました。
美術館に行くのが好きな人だったので、彼に病棟にいながら美術館のような空間が与えられないだろうかという考えが浮かんできたんです。
そんな空間があれば、すべての人ではないけれど、癒しを得られる人がいるかもしれないとアートに関心を持つようになりました。

父の死後、自分にとっての父はどういう存在だったのかと考えました。
父はカメラマンで、35年間写真スタジオを営業していました。カメラマンだから、つまりアーティストだったんだろうと漠然と思ったんです。

アーティストやアートって何なのか知りたくなり、最初にうらわ美術館の対話型鑑賞のファシリテーターに応募しました。そこで感じたのは、アート作品って答えがひとつじゃないんだということ。ひとりひとりの発言を否定せずに聞き、みんなで共有して、一体感をもつ。それが面白かった。

その後、東京都美術館の『BENTO おべんとう展』(2018年)のおすそわけ横丁というプログラムにファシリテーターで参加しました。その場所が本当に異空間で、そしてとっても居心地がよかった。アートって不思議な力があるんだなと身をもって感じました。
それでもまだアートが何なのか、よく分からなかった。
ただ、ディズニーランドみたいな大きなテーマパークじゃなくても、現実世界に異空間って創れるんだというのを体験して、もっとアートをつきつめて知りたいと考えるようになりました。
まだ答えは見つかってないですし、誰に聞いてもアートは答えが無いと言われます。
でも、「なんだろう?」という違和感が面白いと思えました。

――居心地が良いと感じたのはなぜでしょう。

現実が息苦しく感じられたときに、日常から少しの間だけ離れられたからでしょうね。
私としては、これまでの人生は、「まじめ」に生きてきたつもりでいました。結婚、家庭、マイホームやマイカーがあって外から見れば不足ない生活があるし、それは私の目指してきた生き方でした。それなのに、なんでこんなに息苦しいんだろう。その苦しさの理由が分からなかった。その悩みを解くきっかけをもらったのは、東京都美術館の参加型の企画でした。
アーティストって生活が安定しないように見えていたから、「まじめ」に生きなきゃと思っている私の価値観とは別のものだと考えていました。

自分なりの福祉とアートの模索、当事者としてのアートプロジェクトの実践へ

スタジオ内写真

――昨年実施した初企画『父が見ていた未来のまなざし』についてお聞かせください。

父が突然去ってしまってから、遺された写真スタジオの活用をどうすればいいのか悩み続けていました。
ちょうど地元で『さいたま国際芸術祭2020』が開催され、市民プログラムの募集があったので、スタジオを会場とした展示で挑戦することにしました。
ここは、写真スタジオというイメージが根付いてしまっているけど、もう撮影できる人がいない。写真の代わりに何を入れるかが私には大きなテーマだったんです。なので、東京藝大のDOORプロジェクトでご縁のあった油彩画家の小久江竣さんに絵の展示をお願いしました。写真スタジオだった空間が、ギャラリーのように作家さんの絵が並ぶスペースになったら面白いなと考えていました。(小久江竣氏HP:https://www.shunogue.com
いざ展示を企画するにあたって、彼がここがどんな場所だったか、父はどんな存在だったか等を色々聞いてくれたんですよ。そうしたら、そのストーリーをそのまま展示のメインにしたらいいんじゃないという話になりました。私にとって自分の想いがコンセプトに組み込まれるなんて予想外でした。
「父」と「アート」と「スタジオ」と、「福祉とアートの関わり」とか、それらがいつも頭の中にぼんやりあって、スタジオでなにか実現できたらいいなとは思っていた。でもそれぞれを結び付けて考えてはいませんでした。
この経験で展示というのは、コンセプトや意味をとことん考えて積み上げていくものなのだと知ることができましたね。
はじめは、アートっていうのは絵とか彫刻のことだと考えていましたから、スタジオの新たな活用として、絵が置けるだけでも十分満足だったんです。

この展示は、準備期間を通じて父のカメラマンとしての仕事を振り返り、父がファインダーから覗いていた風景を追体験するものとなりました。
撮影用の背景の代わりに油彩の大作を吊るし、それを背にして、開業当初から残された膨大なネガのすべてを床一面にみっちり敷き詰めました。テーブルの上にはお客様の家族写真や成人の記念写真を並べ、壁には父が晩年に個人的に撮影していた河川敷の桜の木の写真も展示しました。

展示にはかつてのお客様が懐かしいと言って再訪してくださり、スタジオに残っていた家族写真を見ながら、たくさんの思い出を語り合いました。

思いがけず早く亡くなってしまった父は、スタジオの未来をどう展望していたのか、そもそも父がここをどんな想いで作ったのか、想像し堀下げていくことに価値があると感じるようになりました。小久江さんと共に展示を創り上げる経験があったからこその変化でした。

展示は準備も大変でしたから、体力的なことや気持ちの面でも辛い時期があったのですが、これを契機に、時間をかけて父という存在と死を振り返りました。そこでやっと私は父の死と向き合いきれてなかったんだなあという気持ちになりました。
結果的に、自分なりの福祉とアートの形を模索し、父の死を巡るアートプロジェクトになっていました。

――昨年立ち上げた「さいたまde海賊」について教えてください。

2020年開催のさいたま国際芸術祭の先行プログラム「CIRCULATION SAITAMA(サーキュレーションさいたま)」から生まれたプロジェクトです。(https://circulation-saitama.com
「CIRCULATION SAITAMA」は、さいたま発のローカルプロジェクトを作るワークショップで、さいたま市在住の様々な人が参加しました。
私のチームはソーシャル・インクルージョンがテーマで、最終プレゼンに向けてメンバー9人で何度も話し合いました。

――海賊は荒くれ者が集うイメージですが、その発想はどこから?

ふふ、私たち荒れくれ者なんです(笑)
最終プレゼンが近いのに私たちのチームだけ企画がなかなかまとまらなくて、追い詰められていました。ちょっと他のチームから取り残されているような感じで…。
やる気とモチベーションは高いんだけど、個々の意見がかちあってひとつに決めることができなかった。
ソーシャル・インクルージョンというテーマに対して、福祉のエキスパートでない私たちがどうやって企画を立てていけばいいんだろう。だけど、こうなったら自分たちのできることをやってみよう。熱意だけは他に負けない。という意気込みで決まりました。実際私たちは全員がよく参加して、時間をかけて話し合いを続けていました。ぶつかることも多かったけど、それだけみんな一生懸命で必死に取り組んでいました。
さいたま市の歴史を振り返れば、かつて氷川神社の参道には闇市がありました。闇市って良くないイメージを持たれるし、他からみれば勝手に住み着いたと思われるかもしれない。しかし、ソーシャル・インクルージョンや福祉って、表面だけのきれいな整ったものではないのだろうと思っています。行き場を無くした人たちが、お互いに助け合いながら約40年にも渡り必死で生き抜いてきた姿を見て、周りも簡単に排除出来なかったんじゃないかなと。その人たちや、それを見過ごしてきた周囲の関係性が地域の文化的遺伝子であり、失われつつ現代に必要なものだという答えを導き出しました。
チームの置かれた状況とそういった地元の歴史がリンクしたところもあります。

――海賊には五箇条の掟が出てきますが、その意図するところは?

多様性とかダイバーシティという言葉を日常でよく見聞きするようになりました。言葉が流行していくにつれて、その意味が薄まっていくようなことがあったら嫌だなという思いを込めて、まじめにその意味を自分たちの言葉でかみ砕いたものを掟として表しました。名前は遊び心のある海賊ですが、芯の部分はまじめです。
相手を尊重しないというところから、歪みが生まれていると思うので、これを全部実現できていたら、多様な価値観を大切にしていると言えるのではないでしょうか。

= 海賊五箇条 = について

一、おせっかい上等 !
「お節介」は時に煙たいけれど、相手に喜ばれたら最高だ。 「お節介」と敬遠せずに相手への愛で、小さな勇気と捉えよう。

二、肩書無用
初めて会う人に必ず聞かれる「どんなお仕事をされているのですか」。 相手の肩書を知ってしまうと自然と上下関係を意識してしまう。 その人自身と向き合う関係を持ちたい。

三、まじリスペクト
「お醤油貸して !」と気兼ねなく言える間柄は意外と難しい。 お互いを本気でリスペクトする気持ち、そんな尊敬の念が大事。

四、逆境サンキュー
突如やってくる逆境に嘆くのではなく、ピンチはチャンスと面白がって乗り越えよう。乗り越えた後には「サンキュー」と笑ってみよう。

五、押しつけ NG
その意味の通り、相手の意向や気持ちを無視して自分の 考えに従わせようとする行為や気持ちは持ちたくない。

さいたまde海賊Facebookより引用(https://www.facebook.com/saitamakaizoku/

――さいたまde海賊の具体的な活動についてお聞かせください。

2月にゲストをお呼びしてトークセッションを開催しました。
事前にあるメンバーとこんな話をしました。まずマイノリティ当事者であることから話を始めると、そのことに圧倒されてしまうかもしれない。何かのきっかけでその人と仲良くなった時に、その人の悩みや困りごとに関心を持つのではないか。その人のマイノリティ性や障がいについて自分から調べたり、知りたいと思うのではないかと。

まず個人にスポットを当ててその人が、どういう想いをもっているのかから始めて、そこにはマイノリティ性があってと…。
知る順番って重要だと思ったので、そういう伝え方をしたかったんです。
誰しもマイノリティの部分、当事者なことってありますよね。聞いている人が、自分もそれを持っていたと気づけばネガティブな気持ちも起こらないんじゃないかと期待しています。

――今後の活動予定は?

障がいと健常のボーダーについて考える上映会を10月に企画しています。
障がいや健常とはなんだろう。みんなが個々に持ってる障がいについて考える内容を予定しています。意外とみんな苦しんだり悩んだりしていて、お互い様なんだとなると、理解しあう助けになるんじゃないかな。
多様な価値観というと堅苦しくなるけど、それぞれに好きなものがあって、いろんな価値観があって、ごちゃっとカオスな状態を作りたい。そこから何か面白いものが生まれると信じています。

最近考えていることとしては、私は長い間自分には何ができるのか、何をやりたいのか目的が見つからないことがコンプレックスでした。
やりたいことがあっても場所がなくて悩んでいる人は多いから、まわりからは羨ましいと言われます。でも私の場合は、急にスタジオという箱を与えられたときに、何をやったらいいのか分からないのが苦しかったんですね。
何とはなしに生きている人は私だけじゃないのかなと想像したときに、自分の興味は何か、何をやりたいのか見つけるための種をまくような場所にしたいです。

私はそこですごく苦しんだので、社会には様々なヒトやモノやコトが存在します。そのような様々なものから、自分のやりたい事を見つけられるお手伝いができたらいいですね。
人と出会うことで何かが生まれるから、色々な人と出会って、情報を吸収して、創造性を育むことをこのスタジオでは大切にしたいです。

一番避けていたことが一番大切なことだった

――小泉さん自身が、スタジオの活用を通じて経験してきたことが元になっているんですね。

そうですね。コンセプトを考えることが面倒だった私が、これは面白いと気付いたんです。以前は、そんなことに時間を使っちゃうのがもったいないように見えてしまっていた。だけど最近は、「このロゴの青色の意味は?」「ここの場所はどう使われたんだろう?」とか。コンセプトを考えるのが意外と面白くなってきた。そこは私の変わったところです。
これまで避けていたことが、一番必要なことだったんですね。
自分の生き方を見つめなおしたときに、本を一ページでも読んで答えを見つけようとする作業も必要なことでした。ものを作っていくプロセスは成果だし、価値があるということを楽しめるようになったと思います。

――ゴールがはっきりしていて、かくあるべきという価値観が合わなくなってきたときに、明快な答えがないアート的な探求をやってみたいと思われたんですね。

そうですね。自分とは異質なものと思ってたけど、こっちの世界に飛び込んでみたらすごく居心地がよかった。自分の価値観とは違うと思い込んでいても、体験してみたら思った以上に自分と一致する部分が見つかるから。そこが楽しいと分かってきました。

ローカルにこだわる意味、受け継いでいくことの価値

――地元さいたま市で活動する意義はなんでしょう?

生まれてからずっとさいたま市に住んでいるので、居心地の良さがあります。埼玉ってさんざんけなされているけど、埼玉をディスられたら悔しいじゃないですか。私は「埼玉は浦和レッズだけじゃないぞ」といつか言いたいんです。なので、自分たちで地域の価値を見つけていけばいいと思ってます。
たとえば、すぐ近所の鹿島台には、関東大震災以後に画家や詩人がたくさん住んでいたとか、そういう経緯ももっているところなんですよ。
自分たちの地域の古いものを継承して新しいものをプラスしていきたいし、さいたまdeで海賊もそこを目指しています。
その地域の持ってる意味を受け継いでいくことに価値があるんですよね。

このスタジオは、経年で建物自体は古くなっているんだけど、単なる不動産としての価値ではなくて、父が地元の浦和の人々とお付き合いしながら、35年間やってきたことに意味があって、それを受け継ぐことに価値がある。今はそう思います。

編集後記

小泉文さんは、自らの体験から疑問とひらめきを得てアートに関心を持たれたそうです。今回の取材では、家族の死と向き合い続ける日々に、アート的手法がどのように関わっていたかを伺うことができました。人生の中で痛みや喪失を抱えたときに、人と出会い、とことん考え積み重ねることが、回復や未来への期待に繋がるサポートになるのでしょう。
そして、数年前と今のご自身を比べて変わったことを率直に語ってくださいました。変化し続ける小泉さんが引力を生み、さらに周りに変化を与えていくことと思います。遺産として受け継がれたスタジオにこれからどのような意味が加わっていくのか非常に楽しみです。

STUDIO・45 
さいたま市浦和区高砂4-3-1 
Facebook(https://www.facebook.com/studioyongou
現在、公式HP制作中。

さいたまde海賊
Facebook(https://www.facebook.com/saitamakaizoku/

取材・記事:高橋若余
写真:高橋若余・下邨尚也