Artists Interview #4

いつも心の片隅に、息の継げる「場」を ― 音楽療法への想い


林 康江(はやし やすえ)さん
音楽講師

Profile

武蔵野音楽大学音楽学部音楽教育学科卒業。大学で教鞭を取るが、実母のデイサービス利用をきっかけに、音楽療法の世界へ。病院(精神科)、介護老人保健施設、特別養護老人ホーム、グループホーム、デイサービス、サービス付き高齢者向け住宅にて音楽活動を行う。
現在、信愛報恩会信愛デイケアセンター、しんあい清戸の里、順天堂大学医学部付属順天堂東京江東高齢者医療センターにて活動中。
芸術と遊び創造協会 アクティビティディレクター、東京藝術大学履修証明プログラムDOORプロジェクト3期生。

林さんと高橋の写真
今回は、髙橋若余が執筆しました。

実体験から感じた、音楽療法の奥深さ

——林さんは、高齢者向けに音楽療法の活動をされていますが、音楽療法を始めるきっかけはどのようなものだったのですか?

私が音大受験をした当時は、音楽療法がアメリカから日本に入ってきて間もない時期で、一般には知られていませんでした。そういう頃に東京藝大の桜林仁先生が大学で講義をしてくださって「こういうのがあるんだ。」と思ったんです。けれど、いかんせんアメリカから来たばかりの分野で、資料はアメリカのものしかないし、本当に勉強がしたいなら渡米しなくてはいけなかった。私の家庭にはそんな余裕はない。ですので一度は諦めていたんです。
結婚もして、夫の転勤があったり、子どもが年ごろになったりと、色々なことがあったのですが、ずっと音楽療法が気がかりで、子育てが落ち着いてからは、単発の講習会に参加して勉強は続け、なにかお手伝いできることがあれば行けたらいいなというふうに思っていました。

そんな時に、私の母がデイサービスに通うようになり、「キーボード弾ける人居ないから、あなた弾いてよ。」と言われて、偶然そのデイサービスでボランティアするようになったのが、活動を始めるきっかけでした。お年寄りが歌いたい歌は大体わかりますし、音大を出ていれば多少は弾けますから。

その施設には、病院の看護師さんがひとり来ていて、彼女に「林さん、ここでそれをやってるだけで満足したらあなた伸びないよ。もしよかったら病院見に来ない?」と言われて見学に行きました。
その病院には、本当に音楽が好きな作業療法士さんがいて、私より歌もうまくて合唱歴も長かった。そこが有償ボランティアで私を使ってくださるようになって、この病院には9年間通いました。高齢の患者さんが多かったですね。

——高齢の方との活動はそういう経緯で始められたんですね。

私は元々ヤングケアラー*だったんです(*本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子ども)。一緒に住んでいた祖母が認知症で、子どものころから看ていました。祖母の介護が終わったなと思ったら、母も続けて病気が分かり、二世代にわたって高齢者の介護に携わり、「息つく間」もありませんでした。

同じ家族で、同じアルツハイマー型認知症という診断なのに、祖母と母の症状は違う。置かれた状況や育ってきた環境が違うから。これは奥が深いぞと思って。私の場合は講習で勉強もしていますが、実体験として、経験に裏付けされた学びの存在が大きく、こんな私だからこそ、高齢者を対象とした音楽療法を極めたいと強く思ったんです。

辛い時、「ひと息」つくことができた音楽

——林さんにとっての音楽はどのような存在でしたか?

大学時代に桜林先生との出会いがあって、でも、音楽療法の勉強のための渡米は難しく諦めた。在学中に青年海外協力隊に誘われたときも、行く直前まで準備しながら、母に引き止められると結局は辞めてしまった。母とは共依存*でしたから最後には引っ張られてしまうんです(*共依存: 依存者に必要とされることに存在価値を見いだし、ともに依存を維持している人間関係)。
私は皆さんからは元気で明るく、いろいろなことをテキパキやっているように見えるかもしれませんが、精神的にかなり参って体調を崩した時期もあるんですよ。
そんな時でも、音楽なら「ひと息」つける、と実感しました。音楽ですべてが救えるとは思いません。だって私がそうでしたから。何か事が起これば、心も傷つきますし。でも音楽は、フッと「息抜き」できる間を与えてくれると思うんです。
素晴らしい技術で舞台上から魅せる音楽は無理でも、一時だけ「息抜き」する音楽なら、私も提供できるかもしれないと思うようになったんです。

——今に至る音楽の活動と私生活のタイミングが結びついていたと。

子供のことや、母親のことで、何か起こるたびに、音楽と向き合ってきました。
6歳からピアノを始めて、ピアノを弾いているときだけ、自分が自由でいられた。私にとって、音楽は日常を忘れられる時間でした。母も私がピアノを弾いていることは励ましてくれました。だから、音楽で日常から逃避してたんですね。
ヤングケアラーだったので、まず家のことをやらなきゃいけない。ゆっくり勉強をする時間なんてなかったんです。でも好きなピアノは辞めませんでした。それくらい、音楽は私にとって、重要な時間だったんです。

林さん写真

——ケアをしながら勉強もしないといけない。難しいですよね。

高2からは、帰宅したら、祖母のことと家のことは全部私がやっていて、受験の時もそうでした。
ピアノは午後9時くらいまでしか弾けない。学校から帰って、ご飯の支度をしていたら練習する時間なんてないんです。9時までの練習を終えると疲れちゃって、勉強は最低限しかしなかった。ほかのことを考える余裕はありませんでした。
それでも音大に進めたのは、私にはじめからピアノを教えてくれた、私のことをよく分かっている先生が、短い練習でこなせるように課題を選んでくれたからなんです。その先生がいる大学なら続けられるかなと思い進学しました。

苦言にも感謝して、一期一会を心地よく

――高齢者と音楽でコミュニケーションしていてよいと思うところはなんでしょう?

良いを通り越して、驚きがありますね。
通常誰しも、歳を取ってきたり、喉が疲れてきたりすると高音が出なくなるんですが、認知症の人は歌っていて音程が下がらない。訓練を受けたからではなくて、自分が本当に今これが歌いたくて、小さいころの楽しい記憶を再現するためなのか、同じキーでブレずに歌ってくださってるのです。本当に不思議なんです。

必ずしも良いことではないかもしれませんが、苦言をうかがうことも、私にとっては、ためになります。
ある時、上手な方をゲストでお呼びして、いつもと趣向を変えてドレスを着て、院内コンサートをしたのですが、「その完璧すぎる音を聴くとあてられちゃって、疲れちゃうからもう来ないで」と言う方もいらっしゃる。「どうぞ演奏を聞いてください」という雰囲気がどうも苦手だとおっしゃるんです。
また、ある方が「私は教育を受けていないから、あなたが一生懸命やってくれているのはわかるけど、あなたの音楽好きじゃないんだよね。そんな人もいるんだよ。」と言ってくれました。ああそうか、その方は「息が継げなかったんだ」と思いました。
その時は辛かったのですが、言いたくないことを言ってくださるというのは、本当にありがたいことだと思います。
別の高齢者の方にも「ごめんなさい私、音楽は分からないから嫌いなんです。」と正面から言われたこともあります。よく伝えてくださったな、ありがたいと思いました。

平身低頭しているつもりだったけど、分かっていなかったこともやはりあって、苦いことを言われたから勉強できたことがありました。
けれども、病院から提供されている時間は、音楽をやらなければいけませんから、音楽が嫌いだと思っている方々も、日常から自然に音楽の世界に入っていけるように、自分が柔かくならなければ、と思います。
高齢者の方は、次に訪ねた時には亡くなっているかもしれない。一期一会、今日が最後かもしれないと思ってやりたいですし、少しでも心地よく感じてくださったらと思います。

「あなたはここにいていい」という空間づくり

――これから、どのようなことに挑戦されたいですか?

新型コロナウイルスの流行で、活動はストップしました。ZOOMの活動を提案したくても、施設にパソコンはそれほど設置されていないし、スライドショーに音楽をつけて、よかったら流してくださいとお願いしてみるのですが、利用者のところに機器を用意するのが難しいという状況がありました。
この流行が終わって、活動が再開しても「場」を提供していかなければ難しい。こちらではお花の世話をしていて、こちらではアートや音楽をやっている。
「これ、やってみたい」と思っていただくことが、生きていることに繋がっているような気がしているんです。音楽も要素の一つだから、音楽とアートを繋げていったほうがいいと思います。
アートは視覚から入ることができますよね。でも高齢者には目の見えない人がいる。じゃあ触覚を使う楽器を取り入れた音楽療法を行うとか。耳の聞こえない人には、音の振動を使っていこうとか。
どんな方も、「あなたはここにいていいのよ。もしあなたの居心地がいいなら。」という空間づくりが必要なのかな。これからは。

「置かれたところで咲きなさい」

――林さんが大切にされている言葉ですね。

渡辺和子先生の名著のタイトルにもなった言葉です。「Bloom where God has planted you.(神が植えたところで咲きなさい)」という英詩のフレーズで、渡辺和子先生ご自身が苦境にあった時に支えられた言葉だそうです。
私も、いつも理想的な状況はなく、チャンスに手を伸ばせないことも多々ありましたが、自分に与えられる状況と課題を一つ一つこなして歩いてきた道が、今の音楽につながっている気がします。ここから、今置かれた場所から、できることは精一杯やっていきたいですね。

林さんと高橋の写真

インタビュー後記

お話をうかがう前は音楽の活動でのいい話が聞けるなんて素朴に考えてたのですが、思いがけず林さんの人生ドラマと音楽で人とつながろうとした時に直面せざるを得ない困難に話が及びました。

林さんは一貫して、演奏を見せることでなく、一緒にやることに熱意を見せます。高齢者が、音楽を自分のものとして楽しむとは、どういうことだろうと追及し続ける姿がそこにはありました。

音楽は説明するまでもないことですが、個人の好き嫌いが非常に大きく、はっきり顕れる分野ですし、聞くつもりでない人の耳にさえも有無を言わせず届く性質をもっています。
そういう難しさを抱えているからこそ、「ただ居られる」「息ができる」ことをとりわけ尊重されているのではないかと思いました。
アートには、「ソーシャリー・エンゲージド・アート」という概念があります。
これは、アートを作る側と見る側にわけ隔てるのではなく、アーティストがコミュニティへの参加や人々との対話を通じて、社会になんらかの変化をもたらそうというものです。日本においてアートプロジェクトとして行われる各所の取り組みもそのひとつです。

林さんがめざす音楽は、誰かを一方的に場の雰囲気で従わせるのではなく、参加者がほっと「ひと息」つけて居心地の良さを実感できる。これならやってみたいと思えるように気持ちを刺激する。音楽によるアートプロジェクトでした。

インタビューの終盤に、これご存じですか? とツリーチャイムを持ってきてくださった林さん。
鳴らしてみてとすすめられ、右から左へ指を滑らせてみました。躊躇が出たのか真ん中で引っかかってチャイムの勢いのあるキラキラした音を鳴らすのが意外にむずかしいのです。なるほどいい音が鳴っているかどうか、すぐわかってしまうものなんですね。楽器演奏は緊張するけど、でも触って音が鳴る、これだけで楽しい。

林さんは渡辺和子氏の「置かれたところで咲きなさい」という言葉をとても大切にしているそうです。この言葉を実践するかのように、自らに与えられる課題のひとつひとつに向き合ってこられたのですね。そうした着実な歩みが、林さんのいまの音楽につながっているように思います。

ツリーチャイム楽器の写真

取材・記事:髙橋 若余
写真撮影:林 康江・柿田 京子