10年の時の経過に思う

3月11日。

港のカモメが一斉に飛び立って旋回する中、林立する高層ビルがぶつかりそうにたわみ、揺れるオフィスの中では書類や事務用品が散乱していきました。交通機関が止まり、通信が途絶え、学校にいる子供たちの安否もわからないまま、乗り捨て渋滞でごった返した深夜の国道を、自宅へ向かって歩き続けました。水道管が破裂して、ところどころ川のように水があふれる道。停電で真っ暗闇な沿道。首都圏ですら、こんな有様でした。

あれから10年が経ちました。

多くの方々が、現実の“重さ”に向き合いながら過ごした10年。復興が順調だと思われる方も、そう思われない方もいらっしゃるでしょう。10年が長かった方も、昨日のように感じられる方もあるでしょう。やるせなさ、怒り、もどかしさ、忍耐、あきらめ。絆、温かさ、助け合い、夢、希望。だれが悪いわけでもない、しかし、決して良かったわけでもない。様々な想いが交錯する中、「10年の時が流れた」という確かな事実がそこにあります。

あの頃苗木だった街路樹は、いつの間にか大きく枝を広げました。あの時生まれた“いのち”は10歳になり、子供たちは大人へと成長しました。そして私たち大人は、皆あれから10歳老いています。そう、人があがいていても、信じられないような現実が在っても、良いことにも悪いことにも全く構わず、淡々と時は進むのです。

震災直後、ガソリンの供給が滞り、車すら使えなくなった時期がありました。当時、自動車会社で電気自動車(EV)の担当をしていた私は、発売したばかりのまだ珍しかったEVをもって、被災地を駆け巡りました。蓄電池にもなりうるEVの大いなる可能性を感じながら、目の前の方々の支援という意味では、大したことはできなかったように思います。そのEVも、今では車の未来を変えるほどの存在に成長しました。

私たちは何をすれば良かったのか? これから何をすれば良いのか? おそらく、答えなどなかったし、これからも見つからないでしょう。ただ一生懸命、日々を積み重ねてきたという実感があるだけ。

やがて尽きるであろう自らの“限りあるいのち”を燃やしながら、どうしたら良いのか、気の利いた答えがなかなか見えない毎日に、それでも愚直に歩みを進めていくしかない日々を、何とも愛おしく思うのです。積み重ねた一生懸命の、ほんの一部が、どこかでだれかの光になっていればうれしいなと、かすかな願いを込めながら。

執筆は、柿田京子でした。