【Artists Interview ~藝術の力を社会へ~】#8

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今月のインタビューでは、日本の伝統的な表装文化を守り育てる、株式会社マスミ東京の横尾靖さん・裕子さんにお話をうかがっています。世界各地の美術館に、美術品の修復に使用する和紙を提供。伝統を受け継ぎ、時代に合わせた工夫を凝らしながら未来へ手渡していく職人の世界、どうぞご覧ください。

Artists Interview #8 横尾靖さん・裕子さん
表装美術家 株式会社マスミ東京 代表取締役・MASUMI PLUS担当
日本の表装文化を世界へ、そして未来へ伝え続ける ―豊かな気持ちを共有できる社会に

このコーナーは、each toneの「~藝術の力を社会へ~」の理念に基づき、アート思考やデザイン思考をもって、様々な分野で社会課題に寄り添うアーティストの方々の活動をご紹介しています。


世界を変えていく「フォロワー」の功績

TED*で公開された動画に、3分ほどで「ムーブメントの起こし方」を解説しているものがあります。10年近く前のものですが、時を経ても色あせない、大切なメッセージを伝えてくれていて、今でも時々見直しています。きょうは、この動画をご紹介しましょう。

How to start a movement(日本語字幕あり)

新しいアイデアや行動は、大抵、最初のひとり(発案者)から始まります。このひとりは、ほぼ「変人」です。皆が見慣れない、聞き慣れないものを、自分だけで自信をもってどーんと紹介し、熱を上げているのですから。動画では「勇気ある」と言われていますが、実のところは、情熱に突き動かされて、気持ちよくスタンドプレーする、ただの「変人」でしょう。(笑)

そして、このままでは何も起こらないのです。変人がひとりで盛り上がる、皆が遠目に観ている、以上、です。

事態が変わり始める鍵は、2番目。変人に共感し、同じように情熱に突き動かされて、一緒にスタンドプレーをし始める2人目が現れると、世間は「おや?」と思います。ひとりでは変人だったものが、2人・3人と仲間が加わることで、ニュースになり、ムーブメントへと発展していきます。素晴らしいものを発掘して広めていくのは、実は発案者ではなく、それに共感・賛同してくれる仲間なのです。

each toneの1st プロジェクト「víz PRiZMA」。バーチャル空間に、虹彩由来の生きた証を残すことを思いついてから、ちょうど1年。「何それ?」と言われがちなこの発想に、共感して、いいね! と一緒に踊ってくれている仲間は、each tone社内だけでなく社外にも拡がり、ちょっとしたニュースになり始めたように感じられます。

世界はいつも、変人が唱えるおかしなアイデアに賛同し、支えてくれる方々の手によって、進歩してきました。祈りの対象として、虹彩由来のデジタルアートを掲げた「víz PRiZMA」。この奇抜なアイデアも、最初にフォローしてくださった皆さんにより、やがてムーブメントにつながっていくことを、予感しています。

TEDの動画に重ねて、この1年、フォローしてくださった皆さんに心からの感謝をお伝えしたいと思います。みなさん、変人の最初の仲間になってくれて、本当にありがとうございます。

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* TED(Technology Entertainment Design):世界中の著名人によるさまざまな講演会を開催・配信している非営利団体。

目で触る 指で見る

こんにちは、下邨です。
本日は私の文章にお付きあいください。

唐突に始まります。

五感という感覚があります。これにはそれぞれ優位性があるそうです。
一般的な場合、その方が置かれる状況確認のために入手される情報は、

  • 視覚 87%
  • 聴覚 7%
  • 触覚 3%
  • 嗅覚 2%
  • 味覚 1%

なのだそうです。

もちろん、ひとにより差異はあって、目が不自由な方は触覚による点字など。地図という観念を「パンを焼く匂いがするから、ここを右に曲がろう」と嗅覚で捉えておられる方もいらっしゃると聞いたことがあります。

また、脳への「記憶」という観点からは、
聴覚<視覚<触覚<味覚<嗅覚
という順序で強く印象づけられるという話もあります。
情報確保の優位性とは異なる結果なのが、非常に興味深いです。

さて、美術においてはどうでしょう。
私は美術作品を「目で触る」ように鑑賞することにしています。文字通り、作品の表面質感や堅さ・柔らかさ、温度感などを、まるで指で触るように視覚で辿っていきます。ギャラリーや美術館の匂いもとても気になります。描かれたばかりの油絵であれば、その画材の香りから独特の感覚を想起されます。

余談になりますが、私は展示されている彫刻の「裏側」が気になって仕方がありません。スポットライトを浴びていて、作品タイトルや説明文が書かれている、いわゆる正面の裏です。可能ならば、必ずみるようにしています。

当然のことながら美術作品によっては、触ることができないものも多いのですし、舌でペロッと舐めてみたり、彫刻を裏返してみる、なんて言語道断ですが…。
いつもと少し違う感覚も使って、作品鑑賞をしてみてはいかがでしょうか?
それまでは理解できなかった作品も、少しだけ作家の深層心理に近づけるかも知れません。

「過去」を考えることで浮かび上がってくるもの

こんにちは髙橋若余です。

過去をふりかえり、現在を見つめ、未来を展望する。
これが今取り組んでいる「víz PRiZMA」のワークショップの核です。

本日はこの3つの要素のなかでもとりわけ過去について、自らにあてはめて考えたことを書いてみます。
わたしにとって「過去をふりかえる」はとても困難です。

過去をふりかえるといっても、どうしても直近の数年間のちょっと苦々しい記憶が鮮明に蘇ってきます。なぜなら、よほど楽しいことでないかぎり、嫌なことやつまらないことの方を繰り返し反芻してしまうからです。
わたしは、本当に嫌なできごとは、現在の楽しみの総量を増やし、押し流すことで忘れるようにしてきました。
そもそも重要でないと頭の中で判断したことは、まるで穴が開いたように記憶からこぼれていて、高校時代の担任やクラスメートの名前すら曖昧です。
そして、過去をふりかえろうとすると、無為に過ごした時間、その時の無気力な感情に苛まれそうで…すこし恐ろしいのです。
そこでもっと過去に戻って、ちいさな子どものころはどうだったかと思い返すと、絵が好きだった祖母のこと、昔住んでいた家から見えた景色、夕焼けを見てこのピンクと紫の混じったような色が好きだと感じたことなど、ノスタルジックな記憶が思い起こされます。そうすると、なんとなく穏やかで暖かな気持ちになってきました。

過去には良い記憶もあれば、忘れたい記憶もあります。わたしの過去には、「これを成し遂げたから、今の自分を誇れるのだ。」と語って聞かせられるような、満足いく素晴らしい功績も残っていません。
しかしいくつかの記憶をこのように重層的にふりかえることで、では「今の自分はどうだろう?」と、対比としての現在が浮かび上がってきます。
今の自分自身とかつての自分を比べれば、たとえそれが亀の歩みであっても進歩していると捉えることができます。それは心の中で過去と現在を行ったり来たりしているうちに、変化や成長を求める気持ちが自分のなかにあることを自覚できたからです。

過去をふりかえることで、未来に対して前向きな気持ちを持てていることに気づきました。
わたしにとって将来はまだはっきりと像を持ちません。しかし最後には幸せになるための道のりを歩んでいるのだと信じて、この日々を送っていきたいと考えています。

「間合い」の藝術

先週末から今週にかけて、劇団東俳の公演に出演してきました。シェイクスピアの喜劇「真夏の夜の夢」。出演者は3歳から60代までさまざまな世代が入り乱れ、力を合わせてひとつのお芝居を創ります。このたび初舞台を踏ませていただいた柿田京子、本日は、舞台での気づきをつぶやいてみたいと思います。

劇団東俳 ファミリー劇場「真夏の夜の夢」

ひとことで言えば、演劇の舞台は、壮大な“間合いの藝術”です。「間合い」とは、距離や時間の適度な頃合い。空間の中でしっくりとハマる立ち位置、動き。台詞の掛け合いの中で、しっくりくる速度、緩急。剣術や音楽、舞踊の世界でもよく使われる言葉です。

ドラマや映画などの映像は、1分程度の瞬間演技を繰り返しながら撮り溜め、編集して仕上げます。間違えれば、何度でも撮り直すことができます。これに比べて、リアルの舞台は一発勝負。一度始まると幕が下りるまで、たとえ何が起ころうと、走り続けて完成させなければなりません。

今回は30名を超える役者、音響、映像、照明、その他多くのスタッフとの協働プロジェクト。全12公演にダブルキャストで臨みました。皆、できる限り“予定どおり”を目指すのですが、人間が完全に同じことを繰り返すのは難しく、かなりの頻度で“予定外”が発生します。台詞が飛んだ、違う台詞を言った、声が上ずった、立ち位置が違った、床に小道具が落ちた、足元がフラついた、照明のまぶしさに思わず目を細めた、お客さまの声援に反応して視線を動かしたなどなど。この、数えきれないほどの「おっと」「ヒヤリハット」を併せ持ちながら、ひたすらフィナーレへ向けて、全員で走り続けるのです。

舞台に上がれば私語はできません。言葉でのコミュニケーションが絶たれた世界で、皆でひたすら「間合い」を見極め、何か起こるその場を瞬時に上手くまとめながら、最高の調和を目指します。ベテランの役者は、この間合いのハンドリングに見事に長けています。

日頃のレッスン時でも、間合いを意識するトレーニングがありました。殺陣の時間。向き合った相手が押してくるのか、引こうとしているのか、その思惑を推し量らいながら、自分の出方を瞬時に決めていきます。本物の剣術、真剣勝負の世界では、察することができなければ斬られてしまいます。役者の世界でも、呼吸が合わなければ怪我につながりかねません。

心を落ち着かせ、クラス全員でひたすらスタジオのエアコンの音に集中、間合いを感じつつ、順番を決めずに数をカウントしていくというレッスンもありました。「ここで自分が言えるな」という瞬間を、さっと見極めて、調和を乱さず行動に移す。この訓練は、私が体験した最高のチームワークトレーニングでもありました。

心を合わせつつも、出るべき場では、自分のエネルギーを全力で爆裂させる瞬間も必要。場合によっては、仲間をサポートして引っ張ることも必要。持ちつ持たれず、理想をめざしていく。舞台には、そっくりそのまま、現実世界へあてはめることのできる大きな学びと気づきがあったのでした。

「この世は舞台、人はみな役者だ」―シェイクスピア